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	<title>いい町．ｎｅｔ &#187; 大阪</title>
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	<description>いい町・いい人・いい出会い - 若者の視点で世界各地の町を取り上げるコラム</description>
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		<title>いい寺★玉造教会と細川ガラシャ</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Jun 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大阪]]></category>

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		<description><![CDATA[今回のいい寺は・・・ 戦乱の世に散った細川ガラシャです。 大阪城の南側、玉造に《大阪カテドラル・聖マリア大聖堂》が あります。 元細川家の屋敷内に建てられた教会です ここは細川ガラシャ（玉）に関係した教会です。 ガラシャ &#8230; <a href="http://ii-machi.net/?p=146">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今回のいい寺は・・・<br />
<font color="#ff00ff">戦乱の世に散った細川ガラシャ</font>です。</p>
<p>
大阪城の南側、玉造に《<font color="#ff0000">大阪カテドラル・聖マリア大聖堂</font>》が<br />
あります。<br />
元細川家の屋敷内に建てられた教会です<br />
ここは<font color="#ff00ff">細川ガラシャ（玉）</font>に関係した教会です。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1594.JPG"><img alt="DSC_1594.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137471/" /></a></p>
<p>ガラシャは<font color="#ff6600">明智光秀の三女</font>です。<br />
織田信長の勧めによって細川家に嫁ぎ、<font color="#0000ff">細川忠興の正室</font>に<br />
なりました。<br />
本名は、<font color="#ff00ff">細川玉（珠）</font>です。</p>
<p>二人は仲の良い夫婦で二人の子に恵まれましたが、<br />
父・明智光秀が<font color="#ff0000">本能寺の変</font>で織田信長を討ってしまいました。</p>
<p>その日から、<font color="#0000ff">逆臣（謀反人）の娘</font>として苦しい日々が始まりました。<br />
明智家以来の小侍従や細川家遠縁の侍女を伴って、丹後の<br />
山奥に<font color="#000000">幽閉</font>されてしまいました</p>
<p>「身を隠す　里は吉野の　奥ながら　花なき峰に　呼子鳥鳴く」<br />
細川玉が幽閉中に詠んだ歌です。</p>
<p><font color="#000000">※細川忠興は、逆臣の娘として殺されないように幽閉の名目で<br />
匿ったそうです。<br />
</font><br />
時代は違っても、被害者の家族も加害者の家族にしても<br />
苦しみは大変なものですね。<br />
加害者の家族は、土地を追われるように離れていくことも&hellip;</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1617.jpg"><img alt="DSC_1617.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137488/" /></a></p>
<p>越中井です。<br />
大阪城の近く越中町にあった細川家屋敷跡です。<br />
細川玉は二年後に豊臣秀吉の取り成しで大阪屋敷に<br />
戻りました。<br />
しかし、<font color="#0000ff">細川忠興</font>は玉が外部と接触することを禁じた為<br />
生活は幽閉時と変わらなかったようです。</p>
<p>豊臣秀吉によって許されても、身内によって監禁状態に<br />
されていては、辛いですよね。<br />
そして愛した夫には側室ができて、<font color="#ff00ff">心の支え</font>も失ってしまいました。<br />
側近の者は、一生懸命に彼女を支えて励ましたのでしょう。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1677.jpg"><img alt="DSC_1677.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137506/" /></a></p>
<p>細川玉の侍女頭は、細川家の遠縁で洗礼を受けていた<br />
清原枝賢の娘<font color="#ff6600">マリヤ</font>（洗礼名）でした。<br />
マリヤによって細川玉は、キリストの教えに触れて心が<br />
惹かれていきました。</p>
<p>「<font color="#000000">どんなときでも神は見捨てずにいてくれますよ</font>」<br />
キリスト教が彼女にとって<font color="#ff00ff">救いの手</font>となったのでしょう<br />
家族にしても教えにしても、私たちは支えがないと生きていけませんね。</p>
<p>「生きて死ぬ智慧」の著者・柳沢桂子さんも病気の苦しみの<br />
なかで般若心経と出会い、<br />
「<font color="#000000">般若心経は雨に濡れた私にさす傘でなく、雨雲を散らしてくれて<br />
　私をカラッと晴れた気持ちにさせてくれました</font>」<br />
と述べていました。<br />
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1599.JPG"></p>
<p><img alt="DSC_1599.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137579/" /></a></p>
<p>監禁状態であった<font color="#ff00ff">細川玉</font>は、夫・細川忠興が豊臣秀吉の<br />
九州征伐について出陣している間に、密かに教会へ<br />
教えを聞きに行きました</p>
<p>「<font color="#ff0000">苦しみの闇でこそ人の光は美しく輝く、<br />
　そして感謝の気持ちで受け入れる</font>」</p>
<p>神父の言葉に感銘を受けた細川玉は、その場で洗礼を<br />
受けることを懇願しましたが、身分を隠していたので<br />
願いが叶いませんでした</p>
<p>その後、侍女達を教会に通わせて洗礼を受けさせ、<br />
毎日一緒に祈りを捧げました<br />
いつしか洗礼をと願っていたのでしょうが、九州征伐中の<br />
豊臣秀吉が《<font color="#0000ff">バテレン追放令</font>)》を出したため、教会で洗礼を<br />
受けることはできなくなりました。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1610.JPG"><img alt="DSC_1610.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137589/" /></a></p>
<p>そこでイエズス会神父の計らいで、侍女頭マリヤの手に<br />
よって<font color="#ff6600">屋敷内で洗礼</font>を受けることができました。</p>
<p>洗礼名<font color="#ff0000">《ガラシャ》（神の恵み）<br />
</font>「<font color="#000000">苦しみすら感謝の気持ちで受け入れるキリスト教によって救われる</font>」<br />
細川玉は《細川ガラシャ》となって謙虚で明るい性格に<br />
なったそうです。</p>
<p>しかし、喜びはつかの間、すぐに悲劇が訪れました。<br />
大名の<font color="#ff00ff">キリスト教信仰が禁止</font>されるなか、<font color="#0000ff">細川忠興</font>が<br />
侍女達のキリスト教改宗を知ったのです<br />
激怒した細川忠興は、改宗した侍女の鼻を削ぎ、屋敷から<br />
追い出してしまいました。</p>
<p>細川ガラシャの苦難の始まりだったのでしょう。<br />
そして歴史は<font color="#ff6600">関が原の合戦</font>へと向かっていきました。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1606.jpg"><img alt="DSC_1606.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137601/" /><br />
</a><br />
<font color="#0000ff">細川忠興</font>は東軍に付いたため、<font color="#ff6600">石田三成</font>が細川ガラシャを人質に<br />
取ろうとしました。<br />
しかし、細川ガラシャはそれを拒み、家臣に<font color="#000000">自分を討つように</font>命じました。</p>
<p>「<font color="#ff00ff">ちりぬべき　時知りてこそ、世の中の　花も花なれ　人も人なれ</font>」</p>
<p>本能寺の変で逆臣の娘となり、キリシタン禁止令が出されたなかで、<br />
ガラシャを支えた侍女達を失い、人質となることは到底受け入れられる<br />
ことではなかったのでしょう。</p>
<p>今が神のもとに行く時とさとって、<font color="#ff0000">命の果てる道を選んだ</font>と<br />
思いました。<br />
散り際の妙というものでしょうか。<br />
細川ガラシャによって細川家は守られました。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1607.jpg"><img alt="DSC_1607.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137627/" /><br />
</a><br />
焼け落ちた屋敷からオルガンティノ神父がガラシャの骨を拾い、<br />
堺の<font color="#ff0000">キリシタン墓地</font>に埋葬されました。<br />
後に<font color="#0000ff">細川忠興</font>は神父に依頼して教会葬を行い、キリスト教を<br />
受け入れなかった細川忠興も葬儀に参加したそうです。</p>
<p>その後、遺骨は大阪の宗禅寺へ改葬され、墓所は何箇所かに<br />
造られました。<br />
そのひとつが京都　<font color="#ff6600">大徳寺・高桐院</font>ですね。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1615.jpg"><img alt="DSC_1615.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212137640/" /></a></p>
<p>玉造の聖マリア大聖堂には、細川ガラシャを慕う方が訪れて<br />
いました。<br />
<font color="#0000ff">細川ガラシャの人生</font>と向き合い、みなさんそれぞれに思うところが<br />
あるのでしょうね。</p>
<p>次は、再び<font color="#ff00ff">大徳寺・高桐院</font>を訪れてみます</p>
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		<item>
		<title>いい寺★徳川家と真田幸村</title>
		<link>http://ii-machi.net/?p=145</link>
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		<pubDate>Sat, 31 May 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大阪]]></category>

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		<description><![CDATA[今回のいい寺は・・・ 徳川家と真田幸村です。 今は市民の憩いの場として整備された茶臼山周辺♪ のどかな風景で、ここが合戦の舞台だったとは 思えませんね 茶臼山も深い樹木に覆われて、当時を偲ぶものは掲示板と 《六問銭》（ろ &#8230; <a href="http://ii-machi.net/?p=145">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今回のいい寺は・・・<br />
<font color="#ff00ff">徳川家と真田幸村</font>です。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1561.JPG"><img alt="DSC_1561.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135475/" /></a></p>
<p>今は市民の憩いの場として整備された茶臼山周辺♪<br />
のどかな風景で、ここが合戦の舞台だったとは<br />
思えませんね</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1566.jpg"><img alt="DSC_1566.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135488/" /></a></p>
<p>茶臼山も深い樹木に覆われて、当時を偲ぶものは掲示板と<br />
《<font color="#ff0000">六問銭</font>》（ろくもんせん）の旗があるだけでした</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1568.jpg"><img alt="DSC_1568.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135508/" /></a></p>
<p>《六問銭》は<font color="#ff00ff">真田家</font>の家紋です。<br />
この六問銭、徳川家康・秀忠親子は痛い目にあいましたね。</p>
<p><font color="#ff6600">関ヶ原の合戦</font>では、徳川秀忠が信州上田で真田昌幸・幸村<br />
親子の作戦で足止めされ、<font color="#0000ff">徳川家本隊が合戦に遅延</font>して<br />
しまいました</p>
<p>関ヶ原の合戦は、<font color="#ff0000">徳川家康</font>を討とうと<font color="#0000ff">石田三成</font>が豊臣家の<br />
家臣に号令を掛けたのが始まりでした。<br />
しかし、人望が無かったのか、徳川方につく家臣も多かった<br />
ですね。<br />
徳川家康はこの戦に勝って豊臣家を追い詰めようと考えた<br />
のでしょうが、徳川家本隊の遅延により西軍・石田三成対<br />
東軍・反石田三成の<font color="#ff6600">豊臣家家臣の内輪も</font><font color="#ff6600">め</font>の形になって<br />
しまいました。</p>
<p>徳川秀忠は、父家康にそうとうお灸を据えられたそうです</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1286.JPG"><img alt="DSC_1286.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135522/" /></a></p>
<p>そこで、大阪冬・夏の陣で徳川秀忠は、<font color="#ff6600">関ヶ原の合戦</font>で<br />
徳川家康が本陣をかまえた<font color="#0000ff">大垣市・岡山</font>と同じ地名の<br />
場所を探し出しました<br />
現在の生野区・岡山古墳を本陣としたのです。<br />
「今度こそ名誉挽回！」という気持ちの表れでしょうね。</p>
<p>
<a href="javascript:void(0);/*1212163334041*/"><img alt="DSC_1262.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135535/" /></a></p>
<p>地元の銘菓《御勝山》です。<br />
大阪夏の陣で勝利した後、<font color="#0000ff">岡山（おかやま）</font>は徳川秀忠の<br />
命で、《<font color="#ff0000">御勝山（おかちやま</font>)》と地名が変わりました。</p>
<p>現在この地域は生野区勝山町になっています。<br />
大垣市の岡山も徳川家康によって「御勝山」と地名が<br />
変わりました。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1667.jpg"><img alt="DSC_1667.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135557/" /></a></p>
<p><font color="#ff0000">大阪夏の陣</font>の徳川家康です。<br />
古文書を調べると茶臼山も「御勝山」と記されています。<br />
冬の陣では徳川家康の本陣となった茶臼山は、夏の陣では<br />
真田幸村の陣となりました。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1567.jpg"><img alt="DSC_1567.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135577/" /></a></p>
<p>真田幸村は冬の陣では大阪城の南側に攻撃の拠点となる<br />
真田丸を築いて徳川方を打ち負かしました</p>
<p>夏の陣では、大阪城の堀が埋められて防御力が<br />
無くなったので城を出て茶臼山に陣をかまえました。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1653.jpg"><img alt="DSC_1653.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135599/" /></a></p>
<p>勇猛果敢に敵を攻める真田隊。<br />
ただ、豊臣家の存続を願い・・・</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/029.jpg"><img alt="029.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135624/" /></a></p>
<p>《<font color="#ff0000">六問銭</font>》は本来、亡き人の<font color="#ff00ff">三途の川の渡り賃</font>です。<br />
三途の川の渡り口に「脱衣婆さん」がいて白装束以外の<br />
すべてを奪ってしまいます。</p>
<p>その代わりに《<font color="#ff0000">六問銭</font>》だけは持たせてくれるそうです<br />
「地獄の沙汰も金しだい」と言われますが、余分なものを<br />
捨てた証にもなりますね。</p>
<p>真田家の《<font color="#ff0000">六問銭</font>》は、地位や領土の欲を捨てて戦い抜く<br />
意気込みを表しているのでしょう</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1663.jpg"><img alt="DSC_1663.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212135637/" /></a></p>
<p>大阪夏の陣でも<font color="#ff00ff">真田幸村</font>は活躍しました。<br />
数的に劣勢だった真田隊でしたが、《六問銭》の旗のもと、<br />
<font color="#ff6600">高い戦意と捨て身の攻撃</font>で徳川家康を三度追い詰めました。</p>
<p>あと一歩というところで討ち死にしてしまいましたが、<br />
十字軍の十字架のように《六問銭》が真田幸村と真田隊に<br />
力を与えたのでしょう</p>
<p><font color="#000000">自分の身を捨ててでも守ろうとするものがあったとき&hellip;<br />
人は想像以上の力を発揮しますね</font></p>
<p>次は、自分の命と引き換えに、家を守った《<font color="#0000ff">細川ガラシャ</font>》に<br />
ついてです。</p>
<p></p>
]]></content:encoded>
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		<title>いい寺★大阪《一心寺》</title>
		<link>http://ii-machi.net/?p=144</link>
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		<pubDate>Thu, 29 May 2008 15:00:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大阪]]></category>

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		<description><![CDATA[今回のいい寺は・・・ 大阪の一心寺です♪ 大阪冬の陣で徳川家康が本陣を構えたのが茶臼山 でしたね。 その茶臼山に隣接したところに古くて新しいお寺が ありました 写真は浄土宗・一心寺の山門と仁王様です ブロンズ製の仁王様は &#8230; <a href="http://ii-machi.net/?p=144">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今回のいい寺は・・・<br />
大阪の<font color="#ff00ff">一心寺</font>です♪</p>
<p><font color="#ff6600">大阪冬の陣</font>で徳川家康が本陣を構えたのが<font color="#800000">茶臼山</font><br />
でしたね。<br />
その茶臼山に隣接したところに<font color="#ff0000">古くて新しいお寺</font>が<br />
ありました</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1540.JPG"><img alt="DSC_1540.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071827/" /></a></p>
<p>写真は浄土宗・一心寺の<font color="#0000ff">山門と仁王様</font>です<br />
<font color="#ff00ff">ブロンズ製</font>の仁王様は初めて見ました。<br />
現代的で躍動感がありますね</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_15051.jpg"><img alt="DSC_15051.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071839/" /></a></p>
<p>ここは<font color="#ff0000">お骨佛</font>の寺・<font color="#000000">納骨</font>と《<font color="#0000ff">おせがき</font>》の寺といわれています。<br />
納骨堂は沢山のお参りで線香の煙が一面に立ち込めていました。<br />
絶え間なくお参りの方が訪れていました<br />
どなたでも、いつでも納骨と先祖の法要をお願いできるそうです。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1529.jpg"><img alt="DSC_1529.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071852/" /><br />
</a><br />
納骨堂に祀られているのが《<font color="#ff0000">お骨佛</font>（おこつぶつ）》です。<br />
納骨された「お骨」約１５万～２０万体で<font color="#ff00ff">一体の佛</font>が<br />
造立されます。</p>
<p>約１０年に一度、新しい《お骨佛》が祀られるそうです。<br />
右手前が新しい《お骨佛》ですね<br />
亡き人は、<font color="#0000ff">三途の川を渡って仏になる</font>そうですが、<br />
この世で<font color="#ff6600">仏（お骨佛）</font>になりましたね･･･</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1526.jpg"><img alt="DSC_1526.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071864/" /><br />
</a><br />
子供がおじいさんに教わって線香に火を点けています<br />
堂内の《お骨佛》の造立年と何年に納骨した方のお骨佛で<br />
あるかという案内がありました<br />
どの《お骨佛》が身内の骨の仏様なのかが、分るように<br />
なっています。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1537.jpg"><img alt="DSC_1537.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071878/" /></a></p>
<p>本堂内では「<font color="#0000ff">おせがき</font>」の法要が行われていました。<br />
「おせがき」とは<font color="#ff6600">施餓鬼</font>のことで、亡くなった人が六道の中の<br />
餓鬼道に落ちないように、追善の供養を行うのが「おせがき」の<br />
意味です。<br />
お釈迦様が弟子の<font color="#ff00ff">目連尊者</font>に諭しました。<br />
『<font color="#000000">自分さえ良ければ、身内さえ良ければと考えれば<br />
　餓鬼道に落ちてしまいますよ。』</font></p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1531.jpg"><img alt="DSC_1531.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071894/" /></a></p>
<p>お骨は《<font color="#ff00ff">舎利（シャリ)</font>》といいます。<br />
米粒もシャリといいます。<br />
ご飯は私達の主食ですね。<br />
舎利礼文というお経に「一心頂礼、萬徳円満・・・」と<br />
書いてあります。</p>
<p><font color="#000000">「一心に手を合わせて、皆さんの心が一つ（円満）になりますように」</font></p>
<p>これが、お釈迦様の教えの<font color="#ff0000">真髄・コツ（主食）</font>でしょうね。<br />
本堂前には私達の心を乱す邪鬼がいました<br />
<font color="#000000">「自分だけ、身内だけ」という心を持たないように・・・<br />
</font></p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1504.jpg"><img alt="DSC_1504.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071903/" /></a></p>
<p>境内を出て道を渡ったところに、<font color="#0000ff">一心寺三千佛堂</font>が<br />
あります。<br />
どなたでもお参りできます<br />
外から見ても圧倒される<font color="#ff6600">黄金の仏様</font>ですね。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1515.JPG"><img alt="DSC_1515.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071914/" /></a></p>
<p>手前の仏様は干支を司る<font color="#0000ff">十二神将</font>です。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1507.jpg"><img alt="DSC_1507.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071929/" /></a></p>
<p>三千佛の祭壇の内側は<font color="#0000ff">講堂</font>になっていました。<br />
中央祭壇には、西域の峰々の向こうから現れた大きな<br />
<font color="#ff6600">阿弥陀三尊</font>。<br />
ここで、<font color="#ff00ff">日曜学校</font>や<font color="#ff00ff">法話</font>、<font color="#ff00ff">説教</font>が行われています。<br />
お布施（浄財）は、布教（教え）という形でみなさんに<br />
お返ししているのですね。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1505.JPG"><img alt="DSC_1505.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1212071939/" /></a></p>
<p>演芸ホールもありました。<br />
ここは、時代に合わせて積極的に新しいことに挑戦している<br />
お寺ですね!</p>
<p>法然上人と後白河法皇がこの地で「<font color="#ff00ff">日想観</font>」を修せられて<br />
から、<font color="#ff6600">庶民のお寺</font>として歴史を刻んできました。</p>
<p>都会の寺、田舎の寺、大きな寺、小さな寺・・・<br />
いろいろな<font color="#ff0000">いい寺</font>がありますね！！</p>
<p>※お釈迦様の弟子《目連尊者》についてはコチラ&darr;<br />
　　<a href="http://e-tera.net/Entry/91/">e-tera.net/Entry/91/</a></p>
<p>
※東寺の《邪鬼》についてはコチラ&darr;<br />
　　<a href="http://e-tera.net/Entry/104/">e-tera.net/Entry/104/</a></p>
]]></content:encoded>
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		<title>いい寺★大阪散策</title>
		<link>http://ii-machi.net/?p=143</link>
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		<pubDate>Tue, 27 May 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大阪]]></category>

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		<description><![CDATA[今回のいい寺は・・・ 大阪の街を散策してみました 大阪市内には、茶臼山古墳や、聖徳太子の四天王寺、 豊臣秀吉の大阪城など、歴史的な魅力がたくさんありますね。 大阪城にある豊臣秀吉像です 年老いていますが、天下を取った力強 &#8230; <a href="http://ii-machi.net/?p=143">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1696.jpg"></a>今回のいい寺は・・・<br />
<font color="#ff00ff">大阪の街</font>を散策してみました</p>
<p>
大阪市内には、<font color="#800000">茶臼山古墳</font>や、<font color="#0000ff">聖徳太子の四天王寺</font>、<br />
<font color="#ff0000">豊臣秀吉の大阪城</font>など、歴史的な魅力がたくさんありますね。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1642.JPG"><img alt="DSC_1642.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211878963/" /></a></p>
<p>大阪城にある<font color="#ff0000">豊臣秀吉</font>像です<br />
年老いていますが、天下を取った力強さが伝わってきますね<br />
生誕地・名古屋にもないほど立派な像に、大阪の人の<br />
豊臣秀吉への思いの強さを感じました。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1637.jpg"><img alt="DSC_1637.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879008/" /></a></p>
<p>豊臣秀吉の果たした夢《<font color="#ff00ff">天下統一</font>》<br />
大阪を中心に豊臣家の繁栄を願いましたが、悲しくもここが<br />
滅亡の地になってしまいましたね。</p>
<p>江戸時代から明治になって、豊臣秀吉人気が盛り上がり<br />
豊臣家を滅ぼした敵・<font color="#ff6600">反徳川家康</font>という形が出来上がりました。<br />
今でも「世の中が悪いのは、徳川家康のせいや」と<br />
冗談半分で語るそうです。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1555.jpg"><img alt="DSC_1555.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879019/" /></a></p>
<p>大阪冬・夏の陣で合戦の舞台となった<font color="#800000">茶臼山</font>です。<br />
冬の陣では、<font color="#0000ff">徳川家康</font>が本陣を構え、夏の陣では<br />
豊臣方・<font color="#ff00ff">真田幸村</font>が陣を構えました<br />
ここが、戦いの要所だったのですね。</p>
<p>茶臼山に架かるこの橋は「<font color="#ff0000">和気橋</font>」といいます。<br />
朝鮮、韓国、日本の融和を願う《<font color="#ff6600">百済さん・和気山統国寺</font>》に<br />
ちなんだ名前で、平和への架け橋の意味があります</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_12931.jpg"><img alt="DSC_12931.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879034/" /></a></p>
<p>聖徳太子は四天王寺を建立するにあたって、<font color="#ff6600">百済</font>から職人を<br />
招きました。<br />
その職人が《<font color="#ff0000">金剛組</font>》となって度重なる焼失のなかで四天王寺の<br />
再建を担ってきました</p>
<p>世界最古の企業といわれてきましたが、現在は<font color="#ff00ff">新・金剛組</font>として<br />
宮大工の技術を守っています。</p>
<p>仏教伝来とともに多くの<font color="#0000ff">朝鮮文化</font>が渡来して、日本の文化に<br />
取り入れられました。<br />
文化をもたらした百済人のおかげで、四天王寺は国際交流の<br />
中心地になったのかもしれませんね。<br />
その文化交流の歴史を伝える祭《<font color="#ff0000">四天王寺ワッソ</font>》が毎年<br />
行われています。</p>
<p>ワッソとは『<font color="#ff0000">来た！</font>』の意味だそうです♪</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1556.jpg"><img alt="DSC_1556.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879048/" /></a></p>
<p>茶臼山の堀の向こうになにわのシンボルタワー《<font color="#0000ff">通天閣</font>》が<br />
見えました<br />
池には噴水があって、ここは市民の憩いの場になっています。<br />
現在、茶臼山は天王寺公園の中にあります</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1551.jpg"><img alt="DSC_1551.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879063/" /></a></p>
<p>公園内にある大阪市立美術館では<font color="#0000ff">聖徳太子ゆかりの名宝展</font>が<br />
開催されています。<br />
河内三太子、叡福寺、中野寺、大聖勝軍寺に伝わる聖徳太子に<br />
所縁のある貴重な宝物がありました。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/highlight_photo13.jpg"><img alt="highlight_photo13.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879077/" /></a></p>
<p>大聖勝軍寺の木造四天王像です。<br />
平安後期の作ですが、日本の四天王とは雰囲気が違いますね。<br />
大阪は渡来文化の上陸地として、朝鮮との関係が続いていたのでしょう。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/7c9b30b6.jpg"><img alt="7c9b30b6.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879087/" /></a></p>
<p>『南無』と手を合わせる<font color="#0000ff">幼い聖徳太子</font>です。<br />
頭が大きいけれど、顔つきはおとなびた顔をしていますね。<br />
このように目をつりあげるのはかしこさのサインです。<br />
こどもらしさとかしこさ。<br />
この二つを一緒に表すのはよっぽど優れた作家でないと<br />
なかなか難しいそうです。</p>
<p>太子信仰を今に伝える立像や、生涯を表した絵図、文化財等に<br />
ふれて、時間を忘れて見入ってしまいました</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1696.jpg"><img alt="DSC_1696.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879098/" /></a></p>
<p><font color="#0000ff">鶴橋</font>に向かっていく途中に<font color="#ff6600">韓国の寺院・観音寺</font>がありました。<br />
黄金仏に鮮やかな装飾品、そしてたくさんのお供えもの<br />
堂内の雰囲気が日本の寺院とは違いますね。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1703.JPG"><img alt="DSC_1703.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879112/" /><br />
</a><br />
鶴橋は韓国に行ったような気分になれます。<br />
キレイなチマチョゴリですね<br />
最近の若い韓国人はチマチョゴリを着る機会が少ないそうです。<br />
結婚式や特別な行事のときにしか着ないと聞きました。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1705.JPG"><img alt="DSC_1705.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879125/" /></a></p>
<p>会社帰りのお父さん♪<br />
お土産か、晩酌の肴を買っているのでしょうか</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1704.JPG"><img alt="DSC_1704.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211879206/" /></a></p>
<p>ここには韓国、朝鮮の食材や料理の店がたくさんあります</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1701.jpg"><img alt="DSC_1701.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211880810/" /></a></p>
<p>アーケードの中にも仏様を祀って、お参りする場所がありました<br />
おじいさんのお参りする姿にも温もりを感じました。<br />
形にとらわれずに信仰する気持ちが持てたらいいですね。</p>
<p>大阪散策は、まだ続きます</p>
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		<item>
		<title>いい寺★大阪《四天王寺》（３）</title>
		<link>http://ii-machi.net/?p=142</link>
		<comments>http://ii-machi.net/?p=142#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 25 May 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大阪]]></category>

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		<description><![CDATA[今回のいい寺は・・・ 和宗本山・四天王寺です♪ 四天王寺は聖徳太子によって創建されてから今日まで 太子信仰、舎利信仰、浄土信仰を大衆教化の柱にしてきました。 四天王寺には平安時代から鎌倉時代に起きた宗派の開祖が こぞって &#8230; <a href="http://ii-machi.net/?p=142">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今回のいい寺は・・・<br />
<font color="#ff00ff">和宗本山・四天王寺</font>です♪</p>
<p>四天王寺は<font color="#ff0000">聖徳太子</font>によって創建されてから今日まで<br />
<font color="#0000ff">太子信仰</font>、<font color="#0000ff">舎利信仰</font>、<font color="#0000ff">浄土信仰</font>を大衆教化の柱にしてきました。</p>
<p>四天王寺には平安時代から鎌倉時代に起きた宗派の開祖が<br />
こぞって<font color="#ff6600">参籠</font>（一定の期間こもってお祈りする）した事でも有名です。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1298.jpg"><img border="0" alt="DSC_1298.jpg" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707338/" /></a></p>
<p>特に最澄がここに借住してから<font color="#ff00ff">天台宗</font>との関係が深く、<br />
戦後まもなくまでは天台宗に属していました。</p>
<p>現在は「<font color="#ff0000">聖徳太子の寺</font>」の原点に戻り、天台宗から独立しています。<br />
そこで、聖徳太子の<font color="#ff6600">十七条憲法</font>の第一条<br />
「<font color="#000000">和を以って貴とし、</font><span><font color="#000000">忤（さからう）ことなきを宗とせよ</font>」<br />
から《和》の一字をとって『和宗』本山となっています</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1299.jpg"><img border="0" alt="DSC_1299.jpg" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707351/" /></a></p>
<p><font color="#0000ff">亀井不動</font>です。<br />
聖徳太子が亀井の水を覗かれるとそこには<font color="#ff00ff">不動明王の御姿</font>が<br />
映っていたため、ここに不動尊を祀ったのが起源とされています。<br />
みなさん水をかけてお参りしていました。<br />
台座に付いた深い緑の苔が信仰の深さを感じさせますね</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1392.JPG"><img border="0" alt="DSC_1392.JPG" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707362/" /></a></p>
<p>境内には、聖徳太子にご縁のある仏様以外にも、四天王寺に<br />
参籠した<font color="#ff00ff">各宗派の開祖</font>が祀られていました。<br />
和宗とは、日本の仏教の『和』という意味もあるのでしょう。</p>
<p>伽藍内の講堂では、天台宗・最澄、真言宗・空海、時宗・一遍、<br />
融通念仏・良忍、浄土真宗・親鸞、臨済宗・栄西の法要を順番<br />
に行っています。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1351.jpg"><img border="0" alt="DSC_1351.jpg" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707373/" /></a></p>
<p>境内では、写生会の人たちが作品について談笑していたり・・・</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1354.jpg"><img border="0" alt="DSC_1354.jpg" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707383/" /><br />
</a><br />
参詣者が<font color="#ff00ff">弘法大師</font>に向かって<font color="#0000ff">般若心経</font>を唱えていました<br />
四天王寺は四国八十八ヶ所の番外です。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1356.JPG"><img border="0" alt="DSC_1356.JPG" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707393/" /></a></p>
<p>「<font color="#ff6600">同行二人</font>」八十八ヶ所の巡礼は<font color="#ff00ff">弘法大師と一緒に歩む</font>事です。<br />
弘法大師の杖から伸びる紐を通して、それを感じるのでしょう<br />
弘法大師空海はここに借住して、西門で西の海に沈む夕陽を<br />
拝して、<font color="#0000ff">西方極楽浄土を観想する（思い浮かべる）</font>《<font color="#ff0000">日想観</font>》と<br />
呼ばれる修行を行いました</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1385.JPG"><img border="0" alt="DSC_1385.JPG" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707407/" /></a></p>
<p>四天王寺の西に建つ《<font color="#ff0000">極楽の門</font>》です。<br />
この門への参道がメインストリートとなっています。<br />
門の向こうに<font color="#ff00ff">鳥居</font>が見えました<br />
写真は境内から見た極楽門の裏側ですが、<font color="#ff6600">西方浄土を観想</font>する<br />
時には、こちらが入口になり、表側となるのでしょう。</p>
<p>昔はこの近くまで海で、春、秋の彼岸・中日には鳥居の方向の<br />
水平線に<font color="#ff6600">太陽</font>が沈みました<br />
彼岸の中日には<font color="#ff0000">日想観</font>の法要が行われ、多くの参詣者が<br />
西に向かって手を合わせるそうです</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1386.JPG"><img border="0" alt="DSC_1386.JPG" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707422/" /></a></p>
<p>西門・石の鳥居の扁額には『<font color="#000000">釈迦如来転法輪処　当極楽東門中心</font>』<br />
と記されていました。<br />
空海の後、最澄が借住してからは<font color="#0000ff">天台浄土思想</font>とも結びついて<br />
<font color="#ff6600">極楽浄土の東門として四天王寺は浄土信仰の中心</font>となりました。<br />
鳥居も境内に入るときは手前の門ですが、拝むときは奥の門という<br />
ことになりますね。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1340.JPG"><img border="0" alt="DSC_1340.JPG" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707431/" /></a></p>
<p>中心伽藍の北に鐘楼があります。<br />
このお堂の鐘は《<font color="#ff0000">引導の鐘</font>》といいます</p>
<p>鐘の音は遠く極楽まで響き、彼岸には先祖供養のための<br />
鐘の音が絶えないそうです。<br />
極楽に導く鐘の音は、<font color="#ff6600">鳥居の向こうの浄土</font>に響くのでしょうか。<br />
それとも五重塔に祀られた先祖に向けて響くのでしょうか・・・<br />
四方に響きわたる鐘の音は私達の心も含めて、全てに届くの<br />
でしょうね</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1348.jpg"><img border="0" alt="DSC_1348.jpg" align="bottom" src="http://file.e-tera.net/Img/1211707443/" /><br />
</a><br />
掲示板には<font color="#0000ff">聖徳太子の御言葉</font>が書き記してありました。<br />
今の世の中、垣根を作ったり、仲間を区別したりすることが<br />
多いですね。<br />
以前に「勝ち組」「負け組」と線引きする言葉もありました。</p>
<p>『<font color="#ff00ff">賢い愚かは丸い輪に端がないように決められません</font>』</p>
<p>人生は勝ったり負けたり、賢かったり愚かなことをして反省したり&hellip;<br />
ただ、過去を引きずらずに前向きに歩みたいですね。</p>
<p>今度は、四天王寺の西、<font color="#800000">茶臼山</font>に行ってみます</p>
<p></span></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>いい寺★大阪《四天王寺》（２）</title>
		<link>http://ii-machi.net/?p=141</link>
		<comments>http://ii-machi.net/?p=141#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 23 May 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大阪]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ii-machi.net/?p=141</guid>
		<description><![CDATA[今回のいい寺は･･･ 庶民の寺・四天王寺です♪ ここは聖徳太子が建立した寺院ですが、格式ばった ところがなく、人々が思い思いにお参りできる雰囲気が ありました 中之門から入る参詣者です。 四天王寺には、南大門、東大門、極 &#8230; <a href="http://ii-machi.net/?p=141">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今回のいい寺は･･･<br />
庶民の寺・<font color="#ff00ff">四天王寺</font>です♪</p>
<p>ここは<font color="#ff0000">聖徳太子</font>が建立した寺院ですが、格式ばった<br />
ところがなく、人々が思い思いにお参りできる雰囲気が<br />
ありました</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1468.jpg"><img alt="DSC_1468.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530648/" /></a></p>
<p><font color="#0000ff">中之門</font>から入る参詣者です。<br />
四天王寺には、南大門、東大門、極楽門、中之門、乾門<br />
とたくさんの入口があります。<br />
それぞれの<font color="#ff6600">門に歴史や意味がある</font>のでしょう。<br />
中之門の左の建物は、四天王寺中・高等学校です</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1397.JPG"><img alt="DSC_1397.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530659/" /></a></p>
<p><font color="#ff0000">聖徳太子</font>をお祀りしている<font color="#0000ff">六角堂</font>（天王寺のご廟）です。<br />
聖徳太子は四天王寺を建立するにあたって<br />
《<font color="#ff00ff">四箇院の制</font>》を作りました。</p>
<p>四箇院とは次の四院です。<br />
敬田院・・・仏法修行の道場<br />
施薬院・・・病者に薬を施す場所<br />
療病院・・・病気の者を収容し、病気を癒す場所<br />
悲田院・・・身寄りのない者や年老いた者を収容する場所</p>
<p>ここは<font color="#ff6600">修行と施しの実践の場</font>として建てられたのですね。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1323.jpg"><img alt="DSC_1323.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530693/" /></a></p>
<p>中央伽藍の北に六時堂と<font color="#ff00ff">石舞台</font>がありました。<br />
堂内には<font color="#0000ff">薬師如来</font>が祀られています。<br />
手前の石舞台は、<font color="#ff6600">日本三大石舞台</font>（住吉神社、厳島神社、<br />
四天王寺）の一つで、聖徳太子の命日には、この舞台で<br />
雅楽が行われます</p>
<p>聖徳太子が四箇院を建てた遺志は、現在、四天王寺学園、<br />
四天王寺病院、四天王寺福祉事業団として受け継がれて<br />
います。<br />
キリスト教の宣教の精神と通じるものがありますね</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1337.JPG"><img alt="DSC_1337.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530703/" /><br />
</a><br />
<font color="#0000ff">六時堂</font>から僧侶が出てきました。<br />
昼夜６回に亘って諸礼賛のお勤めを行い「<font color="#ff6600">六時礼賛堂</font>」<br />
と呼ばれています<br />
ここが四天王寺の中心道場となっています。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1416.JPG"><img alt="DSC_1416.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530714/" /></a></p>
<p><font color="#339966">極楽浄土の庭</font>がある<font color="#0000ff">五智光院</font>では・・・<br />
<font color="#ff00ff">大阪歯科大学解剖体慰霊祭</font>が行われていました。<br />
「<font color="#000000">より良い医師・歯科医師になるために、自分の身体を使って<br />
十分に勉強してください。</font>」<br />
という願いを込めて無条件・無報酬で献体された方々に<br />
感謝する慰霊祭です</p>
<p>学生は人体解剖学により知識の習得と同時に<font color="#ff0000">責任と自覚</font>を<br />
持ち、大きな精神的教育を受けるそうです。<br />
ある宗派の管長から医学生に転職した方が、<br />
「<font color="#000000">初めての人体解剖学の授業で、顔と手にメスを入れるのが<br />
辛かった</font>」</p>
<p>「<font color="#000000">人体解剖学を境に、同級生の取り組む顔つきが変わった</font>」<br />
と述べていました。</p>
<p>献体という崇高な理念の上に医学が存在しているのでしょうね</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1443.jpg"><img alt="DSC_1443.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530728/" /><br />
</a><br />
重要文化財の湯屋方丈が、慰霊祭の参詣者の休憩場と<br />
なっていました。<br />
お茶の準備が何気ない心づかいを感じますね。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/0f56f062.jpg"><img alt="0f56f062.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530767/" /></a></p>
<p>湯屋方丈の前庭です。<br />
「<font color="#ff00ff">補陀洛の庭</font>」と名づけられています。<br />
<font color="#0000ff">観音菩薩</font>のみえる《<font color="#ff0000">補陀洛浄土</font>》をあらわしています</p>
<p>極楽浄土の庭園は、廻りながら教えを学びます<br />
季節の花が咲き乱れるこの庭の美しさから《極楽浄土》へ<br />
往生したような感動があるそうです</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1432.jpg"><img alt="DSC_1432.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530881/" /></a></p>
<p>極楽の池に浮かぶ三石は、<font color="#0000ff">阿弥陀三尊</font>を表します。<br />
園内を散策すると阿弥陀三尊に招かれて<font color="#ff0000">極楽浄土</font>に<br />
到達します。</p>
<p>ここの庭は、池泉回遊式庭園になっていました<br />
夏には、キレイな<font color="#ff00ff">蓮</font>が咲くそうです</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1421.JPG"><img alt="DSC_1421.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530892/" /></a></p>
<p><font color="#ff00ff">釈迦の滝</font>です。<br />
この流れが二手に分かれて<font color="#ff6600">瑠璃の池・極楽の池</font>に注がれます。<br />
その二つの流れを、<font color="#0000ff">貪りを表す「水の河」</font>、<font color="#ff0000">怒りを表す「火の河」<br />
</font>といいます。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1428.jpg"><img alt="DSC_1428.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530902/" /></a></p>
<p>この真ん中の道が<font color="#ff00ff">極楽の池</font>へと導かれるように続いています。<br />
この道が<font color="#ff0000">極楽浄土への道《中道》</font>となります。<br />
「<font color="#000000">貪りも怒りも水に流してあゆみましょう</font>」<br />
色々と囚われた物を捨てながらの散策ですね</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1423.JPG"><img alt="DSC_1423.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211530928/" /><br />
</a><br />
「<font color="#ff0000">火の河</font>」ではすずめが何も知らずに水浴びをしていました。<br />
すずめには、神も仏も教えも関係ないのでしょうね。<br />
本来、<font color="#ff00ff">生きる智恵</font>は学ばなくても備わっているものなのでしょうね</p>
<p>世の中がもっと平穏であったら、このスズメのように過ごせるでしょうね<br />
教えを学ばなくても自然に助け合い、分かち合うことができれば<br />
どんなに素晴らしいことでしょう</p>
<p>
もうしばらく四天王寺の境内を散策してみます</p>
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		<title>いい寺★大阪《四天王寺》（１）</title>
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		<pubDate>Wed, 21 May 2008 15:00:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大阪]]></category>

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		<description><![CDATA[今回のいい寺は・・・ 大阪の信仰の中心地《四天王寺》です。 四天王寺は聖徳太子によって建立された寺院です。 飛鳥時代に建立した寺院で《太子の寺》として代々権力者が 帰依してきました。 大阪の中心にあるため度々戦火に見舞わ &#8230; <a href="http://ii-machi.net/?p=140">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今回のいい寺は・・・<br />
<font color="#ff6600">大阪の信仰の中心地</font>《<font color="#ff00ff">四天王寺</font>》です。</p>
<p>四天王寺は<font color="#ff0000">聖徳太子</font>によって建立された寺院です。<br />
<font color="#000000">飛鳥時代</font>に建立した寺院で《<font color="#0000ff">太子の寺</font>》として代々権力者が<br />
帰依してきました。</p>
<p>大阪の中心にあるため度々戦火に見舞われて焼失して<br />
しまいましたが、その度に<font color="#339966">直ぐに</font><font color="#339966">再建</font>されました<br />
度重なる災難に遭いながら、多くの信仰を集めたことが<br />
うかがえますね</p>
<p>江戸時代に焼失した折には、幕府の力を借りずに大阪町人の<br />
財を集めて再建されました。<br />
そのことから<font color="#ff00ff">大阪庶民の寺</font>《<font color="#000000">大阪の仏壇</font>》といわれています。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/b6ad836f.jpg"><img alt="b6ad836f.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378242/" /></a></p>
<p>四天王寺は三門、五重塔、金堂が<font color="#ff6600">一直線に配置</font>され、<br />
<font color="#ff6600">周りを回廊で囲む</font><font color="#0000ff">飛鳥時代の伽藍形式</font>をしています。</p>
<p>全国には聖徳太子に関係した寺院が沢山ありますが、<br />
聖徳太子が建立した寺院は<font color="#ff00ff">四天王寺</font>と奈良・<font color="#ff0000">法隆寺</font>の<br />
２ヶ寺です。<br />
法隆寺は、<font color="#ff0000">世界最古の木造建築物</font>として当時の伽藍を<br />
遺しています。<br />
四天王寺は、度重なる焼失と<font color="#ff00ff">再建</font>を繰り返しながら<br />
当時の伽藍を伝えています。</p>
<p>その歴史の違いから法隆寺は<font color="#ff0000">文化財</font>として守られ、<br />
四天王寺は時代に合った形で<font color="#ff00ff">身近な信仰の場所</font>と<br />
なっています。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1390-1.JPG"><img alt="DSC_1390-1.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378300/" /></a></p>
<p>伽藍の講堂です。<br />
静かに、そして一心に手を合わせて拝む方がみえました<br />
ここは、歩んだ歴史の違いから、法隆寺のように観光で<br />
訪れる人よりも、家族の幸せや先祖の冥福を願う参詣者が<br />
多いですね</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1364-1.JPG"><img alt="DSC_1364-1.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378318/" /></a></p>
<p>伽藍中央の金堂です。<br />
堂内には救世観音を中心に四天王が祀られていました。<br />
ここで<font color="#ff6600">塔婆（とうば）</font>による祖先供養が行われます<br />
四天王寺の僧侶が、戒名を唱え先祖のご供養をしていました。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1368-1.JPG"><img alt="DSC_1368-1.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378335/" /></a></p>
<p>ここでも信者さんが、一心に手を合わせてお参りしていました。<br />
皆さんの思いが先祖に伝わると良いですね</p>
<p><font color="#ff6600">塔婆</font>の語源は、インドのサンスクリット語で「<font color="#ff00ff">ストゥーパ</font>」です。<br />
ストゥーパは、<font color="#ff0000">お釈迦様のお墓</font>で《<font color="#0000ff">仏舎利塔</font>》とも言います。<br />
ストゥーパには「積み重ねる」という意味もあります。<br />
この塔婆に戒名を書いて追善供養を積み重ねて亡き人の<br />
冥福を祈ります。<br />
※《仏舎利》とはお釈迦様の<font color="#ff0000">遺骨</font>のことです。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1361-1.JPG"><img alt="DSC_1361-1.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378350/" /></a></p>
<p>五重塔です。<br />
最初の建立から<font color="#ff6600">八代目</font>の塔です。</p>
<p>お釈迦様は《<font color="#ff0000">私ではなく、私の教えを信じなさい</font>》と言って<br />
亡くなりました<br />
それから５００年間、お釈迦様の姿を形で表す事はありませんでした。<br />
その代わりに《<font color="#0000ff">仏舎利塔</font>》や<font color="#000000">仏足跡</font>や<font color="#ff00ff">蓮の花</font>でお釈迦様の<br />
存在を感じ、<font color="#ff6600">信仰の支えや心のよりどころ</font>としました。</p>
<p>そして仏舎利塔は、中国から日本に伝わり五重塔などの<br />
塔になったそうです</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/0169dc09.jpeg"><img alt="0169dc09.jpeg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211430475/" /></a></p>
<p>塔の中は<font color="#0000ff">螺旋階段</font>になっていて最上階まで上れます。<br />
壁には塔の形をした位牌が祀られていました。<br />
木造と鉄骨の建物の違いは、外観からでは分りませんが<br />
内部は全く違いますね！</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1377-1.JPG"><img alt="DSC_1377-1.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378365/" /></a></p>
<p>最上階に<font color="#0000ff">仏舎利</font>が祀られていました。<br />
聖徳太子が創建したときには、塔の礎石心柱の中に<br />
<font color="#000000">仏舎利六粒</font>と<font color="#000000">自らの</font><font face="ＭＳ ゴシック"><font color="#000000">髻髪(きっぱつ)六毛</font>を納めたそうです。<br />
</font><br />
仏舎利は紀元前２世紀、阿育王（アショカ王）が仏教を世界的<br />
宗教にするため、王舎城大宝塔から仏舎利を<font color="#ff6600">八万四千</font>に<br />
分けて<font color="#ff00ff">各地に派遣された僧</font>が仏教伝播とともに広めました。</p>
<p>日本では<font color="#ff0000">東京・浅草寺</font>や<font color="#ff0000">名古屋・日泰寺</font>などにも仏舎利が<br />
祀られています</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/9227ff19.jpg"><img alt="9227ff19.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378383/" /></a></p>
<p>亀井堂の井戸です。<br />
この井戸は聖徳太子の時代からあるそうです。<br />
金堂の基壇下の青龍池より引いた清水が亀の口から出ています。<br />
金堂で供養した塔婆をここに持ってきます。<br />
<font color="#0000ff">塔婆をこの水で清めて</font>『<font color="#ff6600">この世の垢</font>』を流しているようでした。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1302.jpg"><img alt="DSC_1302.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378400/" /></a></p>
<p>水供養により亡き人が清められて安楽往生するのでしょう<br />
亀の甲の水盤の中に入れた<font color="#ff6600">塔婆は直ぐに浮いてきます</font>。<br />
それを見て家族は「<font color="#ff00ff">ああ、これで浮かばれた</font>」と思うそうです。</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/5ee4df52.jpg"><img alt="5ee4df52.jpg" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378410/" /></a></p>
<p>ロウソクの灯りが幻想的でした<br />
闇路を照らす灯明で、<font color="#ff6600">道に迷わない様に</font>との願いでしょうか&hellip;</p>
<p><a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1307-1.JPG"><img alt="DSC_1307-1.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378427/" /></a></p>
<p>亀井戸の本尊・地蔵菩薩は私たちが困っているときや、<br />
亡き人が迷っているときに救いの手をさしのべる仏様です。</p>
<p>
<a target="_blank" href="http://file.e-tera.net/DSC_1306-1.JPG"><img alt="DSC_1306-1.JPG" align="bottom" border="0" src="http://file.e-tera.net/Img/1211378438/" /></a></p>
<p>ここでは、女性職員が一生懸命に<font color="#ff00ff">塔婆の供養</font>をしていました。<br />
地蔵菩薩に代わって、この役を務めているようですね。</p>
<p>寺院にお参りするときは、自分の事よりも先ず先祖の供養や<br />
亡き人の安楽往生を願いますね。<br />
それが仏教の良いところで、<font color="#ff0000">相手を敬う気持ち</font>が自然に<br />
芽生えてきますね</p>
<p>四天王寺の散策は続きます</p>
<p>
※浅草寺《仏舎利塔》についてはコチラ&darr;<br />
　<font color="#ff00ff">いい寺「浅草寺①」<br />
</font>　<a href="http://e-tera.net/Entry/6/">e-tera.net/Entry/6/</a></p>
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