今回のいい寺は・・・
吉野の歴史『吉水神社』です★
金峯山寺から吉水神社へ向かう途中、可愛らしい吉野雛を
見つけました♪
和紙で出来た童です。
吉水神社から見た金峯山寺です
どちらも創建者が役行者ですが、、廃仏毀釈で分かれてしまいました。
今は、金峯山寺は吉野の自然を体感する修験道場として、
そして吉水神社は吉野の歴史の中心となっています。
最初に歴史の舞台になったのは、源義経の都落ちです。
歌舞伎『義経千本桜』で有名ですね!
義経の活躍が兄・頼朝の妬みとなり、義経を追い詰めていく…
憎悪の醜さが、桜の華やかさとは対照的ですね。
一度狂った歯車は元には戻らないのでしょうか。
『源義経、潜居之間』の床の間に掛かる軸の絵は、
老子と孔子と釈迦が仲良く話し合っている場面です。
義経と頼朝の関係修復を思案しているようにも見えました
源頼朝が建てた鎌倉幕府は、後醍醐天皇の命により
楠正成、新田義貞、足利尊氏によって倒されてしまいました
そして吉野が歴史の舞台に登場します。
足利尊氏の離反により、朝廷が南朝北朝に分かれます。
後醍醐天皇は吉野に入り、ここを南朝皇居としました。
今に残る後醍醐天皇の玉座です。
質素な造りの建物の中に南朝という一つの国があったのでしょうか。
その後、南朝は後醍醐天皇の崩御の後に北朝と一つになって
消滅しました。
この玉座は、豊臣秀吉の時代に修復されたものです。
そしてまた歴史の舞台となったのが豊臣秀吉の『吉野の花見』です。
豊臣秀吉が家来5千人を引き連れて吉野を訪れました
吉水神社が『花見の本陣』となって狩野派の絵師が襖絵や
障壁画に腕を振るい、現在に伝わっています。
豊臣秀吉は天下統一の願いが叶ったら「吉野で花見を」と
心に誓っていたそうです。
家来の中には、徳川家康、加藤清正、前田利家などの
諸大名がいました。
豊臣秀吉は晩年に『醍醐の花見』を行い、幼子を残して世を
去りました。
時代が変わる前の優雅な一時だったのでしょう。
桜のように華やかに咲き、散っていく…歴史は繰り返しますね。
金峯山寺は、大きな本尊を秘仏にしていました。
吉水神社は、小さな社に大きな歴史がありました。
吉野の桜の中で歴史と自然の奥深さを感じる事が出来ました