飛騨人のルーツは縄文人

今回のいい町は・・・
飛騨人のルーツは縄文人です♪


飛騨人のルーツ
について興味深い記事を
新聞で見つけました

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ルーツを調べる方法は、ミトコンドリアDNA解析です。
その技術で現在の人類は15万~20万年前にアフリカ
にいた一人の女性の子孫であることが分かっています

 

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研究の結果、飛騨人のルーツは、大陸から日本に
渡った縄文人だそうです
 
後から渡来した弥生人が、全国で縄文人を圧倒して
いく中でも山奥の飛騨縄文人の国でした。

 

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その縄文人の中で飛騨の開拓者として伝えられるのが
両面宿儺(りょうめんすくな)です。
 
仁徳天皇の時代(古墳時代)、大和朝廷は飛騨地方を
平定するために軍勢を差し向けました
 
それに対して両面宿儺は、山間の戦で力を発揮して
ことごとく打ち負かしたそうです
 
しかし、最後は美濃平野での戦いで朝廷軍に敗れて
討ち死にしてしまいました

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日本書紀では
「体が一つで顔が二つ、四本の手に武器を持って
民を苦しめたので討伐された」となっています

弥生人がルーツの大和朝廷からみたら

縄文人・両面宿儺は異形に見えたのでしょうか

 

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飛騨地方は朝廷の支配下となって
稲作が普及していきます
同時に縄文人弥生人の血が融合していきました。
 
 

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そして、日本書紀で描かれた通り
「両面宿儺は朝廷に逆らう怪物として伝えられて
います。」
 
かと、思ったら・・・
 
飛騨地方では、今でも民衆を導いた英雄、恩人として
信仰の対象になっているそうです

 

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土器を研究する世界では、縄文時代と弥生時代では
縄文土器の方に人気が圧倒的にあります
 
機能的になっていく弥生土器にくらべて美的で温かみが
あると思います

この縄文土器と同じように縄文人・両面宿儺が飛騨の
人々の魂にインプットされているのでしょうか
 

両面宿儺の言い伝えからも飛騨人のルーツを
感じますね

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次は、両面宿儺が開いた高山市丹生川町の千光寺へ
行ってみたいと思います
カテゴリー: 岐阜 飛騨・高山   パーマリンク

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