今回のいい寺は・・・
等持院です★
等持院駅は、北野白梅駅から京福電鉄嵐山線で一駅です
北野白梅町、等持院、竜安寺道、妙心寺、御室、高雄口・・・
京都に観光で行ったら一度は訪れたい寺が駅名になっていますね。
等持院駅を過ぎて竜安寺道で降りると歩くこと5分で等持院へ
竜安寺道で降りてすぐの場所にうどん屋『笑福亭』があります。
作家の井上靖が学生時代に通っていて、「きつねうどん」を
よく注文したそうです
店内には「養うは、これ春の如し」と井上靖が晩年に書いた色紙が
あります。
水上勉も等持院の弟子時代にここの「きつねうどん」を食べたそうです。
竜安寺の近く、衣笠山には立命館大学があり、今でも学生が
通っています。
等持院の周囲は住宅地となっていて、観光客の姿はあまり
見かけません。
山門の雰囲気からは、格式の高さはあまり感じませんが…
ここは足利尊氏からの足利家の菩提所です。
参道を潜っていくと、最初に目に付くのがこの銅像です☆
「日本映画の父」として知られたマキノ省三です
境内にマキノの映画製作所があったそうで、記念に顕彰会が
銅像を建てたそうです
マキノ省三の孫に俳優の長門裕之、津川雅彦兄弟がいます。
テレビの番組でクレーン車に兄弟で乗り、祖父の銅像を丁寧に
掃除している場面がありました。
その時、弟津川雅彦がマキノ姓を名乗って「寝ずの番」の製作・
監督をしたそうです。
マキノ省三の銅像を過ぎると、等持院の伽藍が見えてきます
ここが水上勉が学生時代三度目に世話になったお寺です。
ここから旧制花園中学校に通い、等持院裏の立命館大学に
進学しました
俳優、長門裕之も花園高校、立命館大学を同じ道を歩みました。
庫裏の裏には二階建ての書院があり、水上勉はこの二階に
住んでいました。
境内の裏には立命館大学が隣接しています。
現在、一階は拝観者の呈茶席となっています
二階へは上がれませんが見晴らしは良さそうです。
水上勉もこの庭を見ていたのでしょう
この庭は「夢想国師作」と伝えられています。
この庭を眺めながらの学生生活は彼に落ち着いた日々を
送らせたかもしれませんね。
等持院の伽藍修復にあたって、寄進者芳名の中に
水上勉の名前もありました
ここは、足利尊氏以来の足利家の菩提所ですが、
伽藍の維持をするのが大変だそうです
話を伺ったところ、この庫裏を修復するのに・・・
昭和39年に寄付のお願いを始めてから昭和50年まで
かかったそうです。
朽ちていく歴史的建造物を維持していくことは大変でしょうね。
その苦労が寄進者の心に伝わり、時間がかかっても多くの
浄財が集まったのでしょう。
修復にかかる費用は、新築と大差は無いそうです。
しかし、古い建物は味わいがあり、私達の心を癒す不思議な
力があると思います。
水上勉がここの弟子になって、やっと心が癒されたのでしょうか、
等持院にはよく訪れていたそうです。