今回のいい寺は・・・
東別院界隈です☆
東別院の北側に新しい門のお寺があります。
浄土宗西山派尾張藩主徳川光友公が創建した
栄国寺です。
切支丹遺跡博物館の石碑もあります。
石畳の参道の両側に本堂と御堂があります。
お参りしながら通り抜けていけるので、誰でも
境内に入りやすいですね☆
地蔵堂と釈迦堂の横に切支丹塚の入口があります。
この地で切支丹弾圧の幕府命令により、二千余りの
信徒が殉教したそうです。
その後、藩主徳川光友はこの跡地に
冥福を祈る場所として栄国寺を建立しました。
この顕彰碑には、尾張切支丹の殉教の歴史が
刻まれています。
三千人余りの受難者を思うと深い悲しみに自然と
手が合わさりますね。
1997年にカトリック名古屋教区が建立したそうです。
切支丹に寛容であった徳川光友も幕府の命に従うしか
ありませんでした。
ご本尊は「火伏(かぶせ)不思議の弥陀」と呼ばれ
防火にご利益があるのだそうです。
昭和20年の空襲でも、落下した焼夷弾が不発だった
のでこの一帯は火災を逃れたそうです。
西側から見た本堂の正面です。
中のご本尊は南側の側面から拝む事ができました。
左手の建物に「踏み絵」など展示して当時の歴史を
伝える博物館があります。
こちらが正面だったようです。
正門から外に出ると橘町の町並みとなります。
この地名は徳川光友によって建てられた
芝居小屋「橘座」に由来するそうです。
今では橘座の跡地にある愛産大高校の講堂で、
定期的に落語会が行われているそうです。
この一帯は古い建物が多く仏具職人の町となっています。
大須の仏壇街は問屋街と職人町に分かれているそうです。
水野仏壇屋さんで位牌の戒名彫りの工程を
見せてもらいました。
今は機械彫りが主流ですが、ご主人は今でも
手彫りをするそうです。
書家に習って鍛錬したとの事です。
機会があればこの界隈の職人さんを訪れてみたいです☆