癒しの極楽寺♪

今回のいい寺は・・・
癒しの極楽寺です♪

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江ノ電・極楽寺駅からすぐのところにある極楽寺
お寺の名前からしてありがたい感じがします

極楽寺を開いた忍性貧しい人の救済
力を尽くした人でした

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鎌倉時代は仏教の新しい宗派が次々と生まれた
次期です

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法然、栄西、親鸞、道元、日蓮、一遍・・・
とそれぞれが民衆の中へ入っていきました

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そんな時代に忍性は北条氏に招かれて
極楽寺に入ると、無料で診療する施薬院や
孤児院・養老院にあたる悲田院など多くの
福祉施設を置いたそうです

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開山忍性が病気の人に処方するを作るのに
使用した鉢です
昔のお寺は病院の役目もしていたのですね

大阪の四天王寺も同じく病院や診療所の
役目をしていました

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極楽寺にはキレイな紫陽花がいっぱい

今の極楽寺はを通して心の癒しという救済を
行っているように思えます

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みんなとっても楽しそう

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鎌倉という街全体が訪れる人を癒してくれる
ので、「また来たい」って思うのでしょうね

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明治時代に五島列島でカトリックの布教に
尽力した宣教師も、まず行ったことは
地域の実情を見ることでした

子供の間引きを目の当たりにして、孤児院
建てる中で地域社会の中に溶け込んでいった
のだと思います

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茶店の看板娘ちゃん
彼女の笑顔につられてお店に入って
しまいますね

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子供の教育地域の発展のために尽力
しているお寺、地域の人から愛されている
お寺を発掘していけたらいいな♪

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いい寺.netのnetはネットワークのネットです!

いい寺.netが人と人 人と地域をつなぐ
拠点となったらいいな

※大阪四天王寺はコチラ↓
e-tera.net/Entry/119/

※撮影には特別に許可を頂いています。

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鎌倉☆トンネルの向こうの導地蔵堂

今回のいい寺は・・・
トンネルの向こうの導地蔵堂です♪

江ノ電に乗って海沿いの道をガタンゴトン

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ウインドサーフィンをしている人がいっぱい!
どうやらいい波が来ていたみたい

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トンネルを抜けると・・・

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極楽寺駅に到着

西方浄土に一番近いとされていた五島・福江島には
飛行機を乗り継がなければ行けないけれど、
こんな近くにも極楽があったのね~

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極楽寺の門前に導地蔵堂があります
「子供たちを見守って災難から守ってくださるんだよ」
とお父さん

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ちっちゃなお堂だけれどなんだかホッとできる場所
のようです

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最近見かけなくなった電話ボックス
懐かしくなって「今鎌倉に来てるんだよ!」って
お母さんに電話したくなっちゃった!

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軒先で楽しそうなおじさんたち♪

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地元の人がただただそこでくつろいでるのを見ると、
「ここってきっと居心地いいんだなー」って
思いますよね

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お祭りに向けておはやしの練習を毎晩している
のだとか

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子供の部と大人の部とあるそうです。

私の地元でも「ちゃらぼこ」ってあったなー
祭で山車を練り歩きながらちゃらぼこ太鼓
盛り上げます

幼い家康が人質に取られる際に、地元の人々が
彼を哀れんで太鼓の音で送り慰めたのが
始まりだそうです

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大人が子供に伝統体験させながら伝えていく

それを発表できる場があるって子供にとっても
嬉しいし、価値あることだと思います

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アジサイが満開です!

今回のいい寺は・・・
鎌倉はアジサイが満開です!

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花に誘われていざ鎌倉

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花の寺」として知られるお寺がたくさん

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季節が移るごとにそれぞれのが旅人を
魅了する

さて・・・ちょっとしきたりのお勉強

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6月1日になると、学校や職場の制服が一斉に
冬服から夏服に替わります

これは、かつて日本人の普段着が和服だった頃
この日に裏地をつけた「あわせ」から、裏地のない
「単衣(ひとえ)」に替えた風習が今に残ったもの
です。

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子供のころ、夏のセーラー服に衣替えすると
「あー夏が来るんだなぁ」って実感したっけ♪

梅雨があけたらあっという間にが来ますね

この時季限定の鎌倉の風物詩

アジサイが満開です

 

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風待ちの福江島

今回のいい寺は・・・
風待ちの福江島です♪

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福江島から見た外洋は、風が強く白波
立っていました

ここは昔、遣唐使が東シナ海へ渡る最後の
寄港地でした

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大陸の文化や情報を得るために、危険を
顧みずに渡海した人々

長いもので数ヶ月も風待ち日和待ちを続け、
天候を見定めて水や食料を積み込み大海原の
先にあるに向けて命がけの船出をしました

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私が訪れた日の海はとても荒れて見えました

島の方に伺ったところ
「こんなの荒れてるうちに入らないわよ~」って!

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多くの犠牲者を出した遣唐使船
無事にへと渡った使節団の中に
最澄空海などの留学僧がいました。

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三井楽半島の先端、柏崎には空海の像
本涯ヲ辞ス」の碑があります。
空海が死を覚悟して出発したことを表す言葉です。

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荒波をかき分けて進む船の船尾で航海の無事を
願う空海の姿がありました

命懸けで新しい教えを求めて海を渡る渡来僧
宗教弾圧の荒波の中
命懸けでカトリックの教えを伝えた宣教師

道は違っても同じような情熱を感じますね

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唐の都には、シルクロードを経て仏教や
キリスト教、ゾロアスター教などの宗教が
伝わっていました。

空海は長安の青龍寺で密教を学びました
そして、わずか2年で密教の正式な継承者と
なったそうです。

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密教の継承者となった空海は、留学を終えて
福江島に戻ってきました

そして、空海はこの島から全国に教えを伝える
第一歩を踏み出しました

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日本の西の果て福江島みみらくの島

ここは西方浄土に一番近い場所ともいわれて
いました

都に住む藤原道綱の母は「蜻蛉日記」の中で
亡き母の面影に逢えるという「みみらくの島」に
行きたいと願って
「ありとだに よそにてもみむ名にしおはば
 われに聞かせよみみらくの島」
と病の床で詠みました

阿弥陀信仰が盛んな時代には、亡くなった
人があの世よこの世を行き来できる島と
考えられていたそうです!

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隠れキリシタンの島へ行ってみたい!

という思いで訪ねた五島列島の福江島

ここは仏教伝来の地でもあり
浄土信仰の聖地でもありました

この歴史が、
宗教に対して熱い思いのある人々を育んだ
のでしょう

そして、宗教や文化を伝承する力となったと
思います。

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東シナ海に突き出た半島状の三井楽地区

かつて遣唐使が歩いたかもしれない海へと続く道

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五島郷土料理 か乃う

今回のいい寺は・・・
五島郷土料理 か乃う」です♪

旅の大事なポイントは・・・

誰と行ったか

どこに行ったか

何を見たか聞いたか

そして、何を食べたか だと思います。

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五島に来たら五島の恵みを食べたい!

訪れたのは五島牛が食べられてのおいしいお店

もちろん五島はどのお店に入っても魚はおいしいの
ですが

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このお店のスペシャルはコレ!
五島名物の「かっとっぽ

内蔵を取りだしたハコフグのお腹に、味噌や酒、
みりんなどを入れて焼き、中を混ぜ合わせて
いただきます

しかもか乃うさんのはどこよりもビッグサイズ!

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フグの身と味噌が絡み合う濃厚な味は、焼酎や
日本酒にぴったり

問わず語らず名も無き焼酎」というユニークな
ネーミングの焼酎をお供に

ラベルには「製造方法はずべて蔵の秘密とします」
と記されていました

なんとも気になる焼酎です!

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揚がったばかりの地魚も、お刺身や焼き物で

五島の鯖は格別です♪

肉厚で甘い

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若大将が近くのバーを教えてくれました

貴重なお酒にマスターの楽しいお話

五島の夜はおいしかった

先日高島屋の物産展で五島の三井楽水産を
見つけて迷わず「鬼鯖鮨」を購入して
しまいました♪

豊かな恵みでおいしくなった鯖を甘酢に
浅く漬けているそうです。
とってもまろやかだったのでオススメです

☆三井楽水産☆
www.onisaba.jp/

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外海からの移民

今回のいい寺は・・・
外海からの移民です♪

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五島の隠れキリシタンは、遠藤周作の小説
沈黙」の舞台となった外海(そとめ)からの
移住者でした

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江戸時代中頃の五島は、漁業が盛んで
農地は荒れていました

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そこで、五島の福江藩はキリシタンの多く住む
大村藩開拓移民の申し入れをしたそうです

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弾圧の厳しい大村藩・外海の人々は、平穏な信仰を
願い新天地へ希望を持って渡って行きましたが・・・

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「五島へ、五島へ、皆行きたがる。
 五島は優しさ土地までも♪」

と歌っていた外海の人々には

五島は極楽、見て地獄。」という厳しい現実
待っていました

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福江藩から与えられた地域は、開墾地として
適さない場所でした
人々は、やせ地を開拓しながら、密かに信仰を
続けたそうです

その姿を地元の人々は厳しい目で見ていました

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外海の隠れキリシタンが五島の住民に
なるまでには、長い時間が必要でした

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信仰耕作と同じように時間手間をかけて
大事に育てていくのですね

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農耕に活躍した牛は、品種改良をして
美味しい「五島牛」となっています

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三井楽の沖に浮かぶ姫島
昔は隠れキリシタンの住む島でした
戦後、住民がブラジルへ移民し、今は無人島に
なっています。

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先祖の耕した土地信仰を守るのは大変ですね

教会の鐘が鳴ると手を休めて、畑の中で
静かに祈りを捧げるそうです

ミレーを思い起こさせます

信仰はかたちだけに宿るものではない
と五島の教会を巡ると気付かされます。

暮らしの中に溶け込んだ信仰が、この地には
生きていると!

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私が訪れた島には、平和な夕暮れしかなかった

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楠原教会☆人が人を裁くということ

今回のいい寺は・・・
楠原教会☆人が人を裁くということ・・・です♪

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長崎各地で行われた隠れキリシタン
取り締まる「崩れ

五島では明治元年に始まりました。

久賀島を皮切りに、五島列島各地で
キリスト教信者が捕まったのです

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久賀島では、200名の信者が捕まりました

そして、厳しい迫害が行われました。

わずか6坪の牢屋に全員が押し込められた
のです

8ヶ月間の密集地獄・・・

座ることさえ許されないのです。

幼い子も含めて42人の命が奪われました。

この話を聞いたとき、迫害の悲惨さに言葉を
失ってしまいました

現在は牢屋の跡に「牢屋の窄教会」が
建っています

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なぜ、大禁教令を出した江戸幕府が倒れても
激しい弾圧が続いたのでしょうか?

遠藤周作の小説「沈黙」の中で描かれた迫害
よりももっと悲惨な現実があったように思います。

人間が人間を裁くことの恐ろしさを強く強く
感じました

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厳しい弾圧があった江戸時代明治の初め
どちらも時代の節目のときでした。

どのように時代が変化するのか
変化に取り残されてしまうのではないか

五島の役人は、先の見えない不安から、
信徒への迫害をエスカレートさせたのでしょうか

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五島のキリシタンは次々に捕まり、楠原でも
厳しい弾圧が行われました。

それでも棄教する人は一人もいませんでした。

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弾圧の歴史を遺す楠原の牢屋は保存されて
いました。

屋内には、最後の晩餐の絵画と十字架の
イエス

そして聖母マリアの胸像が飾られています。

ここで信徒はゲッセマネでのイエスと同じように
死の恐怖と闘ったのでしょう。

殉教をも覚悟した辛い日々だったのでしょうね。

言葉にならない感情が胸を貫きます。

弾圧は3年の年月を経て終わりました。

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迫害を乗り越えた人々には、信仰の自由
待っていました
明治6年になって禁教令は廃止されました

その後、隠れキリシタンの人々は
カトリックの信徒になった人、
カクレキリシタン」として先祖からの風習を
守った人、
仏教徒となった人
とそれぞれ違う道を選んだそうです

島の人々との融和を考えて仏教を選んだ人も
いました。

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牢屋から解放されたときには、先祖から築いて
きたものを全て失っていました
弾圧が終わっても苦労は続いたそうです。

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明治44年創立の楠原教会です
牢屋から出された信者が、こつこつと30年かけて
浄財と奉仕で建てたそうです

積み上げられたレンガが信仰の歴史
感じさせますね

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苦労の末に完成したときの喜びは何にも
代えがたい、ものだったでしょう。

静まりかえった堂内に歓声が聞こえてきそうです

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島の人々は、太陽の下で祈りを捧げることが
できるようになったのです

高い天井は信徒の気持ちそのものに思えました

人々が駆け抜けた厳しい時代を、
そして人々が味わった信念を貫ける喜び
想いながら目を閉じてたたずんでいました

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大村領・外海から海を渡ってきた五島の
隠れキリシタン


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彼らの歩んだ道は険しいものでした

その険しい道を乗り越えて、

今は信仰の自由の中

本当の意味で、静かに信仰の日々を
送っていることでしょう
 

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椿の陰で守りぬいた信仰

今回のいい寺は・・・
椿と信仰のお話です♪

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東の大島、西の五島」と称されるほど、椿の自生地
として名高い五島

椿の花言葉は「理想の愛」です

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教会には、椿をモチーフにした飾りやステンドグラス
がたくさんありました

ヨーロッパの教会で飾られるバラの花の代わりに
五島では椿を使用したそうです

椿の花びらは5枚なのに、よく見ると4枚です

椿の花びらで十字架を表しているのだとか!

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バラはユリやカーネーションと同じように
キリスト教の花です。

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白いバラマリアさまをイメージして
純潔の象徴

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赤いバラはキリストの血を表し
殉教の象徴

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ガリラヤの春
イエスが伝動を始めたとき、ユダヤの人々は
ローマの支配から解放する救世主として
彼に大きな期待を寄せました

しかし、当のイエスはそれを否定します

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人々は、目の前に射した希望の光に期待を
寄せました

しかし、その願いが叶わぬことを知ったとき、
大きな失望と絶望感におそわれます

ガリラヤの人々にも、隠れキリシタンの人々にも

そして、イエスにも・・・

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エルサレムの郊外、オリーブ山の麓のオリーブ油
をしぼる搾油所・ゲッセマネ

イエスと弟子たちは、最後の晩餐のあと、この地で
夜を迎えて祈りを捧げました

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そして、寝静まった中で一人イエスは、人々に
見棄てられる恐怖と闘いながらその時を
待ちました

この場所でイエスはイスカリオテのユダに裏切ら
れて捕らわれの身となったのです。

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イエスはこの日が来ることを知っていたそうです。

ローマの支配から解放する救世主ではなく、
永遠に人間の同伴者となるため、神の愛
証明するために、自分が最もみじめな形で
死ななければならないことも知っていました。

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そして、イエスの最も激しいと苦しみの極みが
白い薔薇深紅に染めました

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五島に群生する椿

信徒たちは、家の周囲に椿の木を植えて
密かに暮らしたそうです

神の愛に支えられて
先祖から代々伝えられてきた教えを守るため

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隠れキリシタンの人々は、フランス人の建てた
大浦天主堂で初めて聖母マリアの姿を見ました。

徳川家康の大禁教令により教会は全て取り壊されて
しまったので250年ぶりの再会でした

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そして、聖母マリアと再会した隠れキリシタンが
信仰の表明をした時、五島の沈黙はやぶられました

五島の人々と信者の関係は崩れ、彼らに最後の
試練が訪れます・・・

次は受難の地、楠原へ行ってみます

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椿を育む潮の風

今回のいい寺は・・・
椿を育む潮の風です♪

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交通量の少ない福江島の道路はついつい飛ばしたく
なるものの、せっかくの景色なので島速度でのんびり
と走ってみました

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福江島の市街と堂崎教会の中間あたりにかわいい
椿のイラストを発見!

ヤブ椿が群生する五島の椿の製油所を見てみたい!
と思いつつ地図を見つけられないまま五島にやって
来ましたが・・・

きょろきょろしながらのんびり走ってみるもんですね

もちろん安全運転で

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自家製&天然の椿油を製造販売する「今村製油所」

椿が自生する山を持ち、そこで採れた実を昭和初期
から稼働する機会を用いて「玉締式」で搾ります

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実を粉砕して、山水と薪で蒸し、抽出、精製。

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島の椿は潮風が当たるから新鮮でいい実が
採れるのだとか!

古い機械から新鮮でキラキラした椿油
あふれでるのです

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外には椿の花びらが天日干しされていました

抗酸化作用にしわ・たるみを予防改善するなど
様々な力を発揮するツバキ花エキスで石鹸など
を作るそうです。

女子には頼もしいTSUBAKI

島の恵みはまだまだありまーす♪

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水ノ浦教会で見つけたもの

今回のいい寺は・・・
水ノ浦教会でみつけたものとは・・・

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丘の上から海を見つめる聖ヨハネ五島

長崎市・西坂で殉教した26聖人のひとりです。

キリシタン弾圧時代に大阪で捕らえられて、
わずか19歳での殉教でした。

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彼は伝道師になろうと五島を離れて
迫害にあいました

今は、カトリック信者によって彼の像が建てられ
信仰の象徴となっています。

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丘から眺めた水ノ浦の風景です
入江の海は静かで、穏やかな暮らしを想像して
しまいます

五島の人々は半農半漁を糧にして信仰を守って
いるそうです

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イエスが伝道したガリラヤ湖畔もこのような
穏やかな場所だったのでしょうか?

遠藤周作の「イエスの生涯」でガリラヤ湖畔の
伝道が語られています

イエスは徒歩で村から村へと歩かれた
船でこの岸からあの岸へと渡られた

冬がすぎ湖畔に春が訪れ、そして陽の光を
受けて湖は穏やかであり、岸辺にはコクリコ
の赤い花が咲き乱れる

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ガリラヤの

自然は美しいのに、村や部落で彼が目撃したのは
人間の悲しい現実でした

イエスが布教のために訪れたのは、貧しい人々の
住む村でした

そして、その貧しい人が、家族や隣人にも見離された
病人や、不遇の人々を蔑む姿がそこにあったのです。

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聖ヨハネ五島の像の傍らに牢屋跡の碑が
ありました。

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幕末、フランス人宣教師が建てた長崎の天主堂
隠れキリシタンが現れました

それを契機に長崎の各地で信仰の表明が行われました。

信者にとって、ついに「信仰の夜明け」が訪れた
と思ったのでしょうね

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しかし、そこには最後の大きな弾圧が待っていました。

この五島でも、多くの隠れキリシタンが島の住民
よって捕らえられ、狭い狭い牢屋に閉じ込められて
しまったのです

水ノ浦でもクリスマスの夜、秘密集会中に捕らえ
られてしまいました

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密かに信仰を守ってきた五島の信者は、弱い
立場の人々でした。

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イエスが伝道したのも弱い立場の人々でした。

貧しさとみじめさとの中で生きている人々。

生活のためにどうにもならない人間の弱さを
さらけ出す人々。

イエスは心まで貧しくなってしまった人々と接する
中で苦しみを分かちあい、神のを語ったそうです。

そして、信仰は弱い立場の人々の強い意志
よって守られてきました

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明治の初めに行われた隠れキリシタンへの
弾圧は想像を絶するものでした

遠藤周作の「沈黙」を読み、人間が同じ人間に対して、
どうしてこれ程までに惨忍なことが出来るのだろう・・・

と思ったことが五島を訪れるきっかけのひとつ
でした。

 

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