近江八幡 日牟禮八幡宮

今回のいい町は・・・
近江八幡 日牟禮八幡宮です♪

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色付く八幡山へと上るロープウェイ
山頂からは滋賀の街や琵琶湖を一望することが
できます

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紅葉もいいけれど・・・
琵琶湖名物・わかさぎの天ぷらもおいしそう

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近江八幡といえば日牟禮八幡宮
近江商人の守護神として信仰を集めました

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日牟禮八幡宮は八幡山のふもとにあり、檜皮葺き
の拝殿が老木に囲まれて建っています

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江戸時代の初めには朱印船貿易で財をなした
商人が安南(ベトナム)渡海船額を奉納する
など、本殿には数々の近江商人が名を列ねて
います

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私も商売繁盛を祈願して手を合わせましたよ

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もちろん近所の方からも愛されている神社です

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近江八幡には1000年前から伝わる歴史的な
祭りがあります

13~15mの大松明に点火し日牟禮八幡宮
へと引きずり奉納します
その火の粉をかぶると、1年間無病息災
過ごせるといわれています

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また、この大きな太鼓をみんなでかつぎ、
「ドッコイサーサイ」の掛け声とともに太鼓を
鳴らして神社の参道を練り歩きます

直径2m、700kgの大太鼓を13組が奉納し
綺麗に決まると周囲から拍手が起こるそうです

迫力ある祭りを是非見てみたいですね

この豊作を祈る祭りは毎年4月14~16日に
行われるそうですよ!

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境内では七五三の行事があり、護摩木焚き上げの
片付けをされていました。

神社で護摩木とは珍しいような気がします。
昔は神も仏も一緒だったなごりでしょうか?

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もうそんな時間かと見上げると空がすっかり
オレンジに染まっていました
紅葉に負けないほどキレイな色でしたよ

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村の人々の心によりどころとして、長い歴史と
豊かな風土をみつめてきた日牟禮八幡宮

昔から変わらずに伝えられてきた祭りを代々
受け継いできた人々がいるのですね。

文化は伝え残す人がいないと残っていかない
ものだということをあらためて実感できた町でした

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近江八幡とクラブハリエ

今回のいい町は・・・
近江八幡とクラブハリエです♪

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近江八幡は全国から海外へと活躍の場を広げて
いった八幡商人のふるさとです。

彼らは、江戸時代に天秤棒を担いで全国行脚し
財を得ました

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商人屋敷の豪壮な建物が残る通りや、水運の要
として栄えた八幡掘など風情ある町並みを散策
することが出来ます~♪

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八幡堀は、琵琶湖を往来する荷船を寄航させる
ため、豊臣秀吉の甥である秀次が整えた全長
6kmの運河です
近江八幡が商いの町として繁栄する基盤となりました
この水路を多くの荷船が行き交ったのですね~
とても賑わっていたのでしょうね

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かつての生産地として知られた近江八幡には
近江瓦など国内外の瓦を紹介するかわらミュージアム
もあり、作陶体験もできますよ

瓦というと屋根の一部というイメージしかありません
でしたが、通路に埋め込まれた美しい瓦を目にし、
思いがけない素材の芸術に思わず見入ってしまいました

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大津の石山寺を出て向かった近江八幡
私が一番訪れたかったのは、和菓子舗「たねや」の
洋菓子店『日牟禮ヴィレッジ クラブハリエ』です

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暖かなぬくもりのある手作りの時間環境を大切
にするのが「村」です。
このような村のありかたと生き方を何よりも大切に
したいという思いから、日牟禮(ひむれ)の地を
選んだそうです

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大きな特徴はショップインファクトリーという形態を
とっていることです
工場が売り場というお客様と一体感のある店づくりを
されてきました。

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自慢のバームクーヘンは熟練した職人さんが一層一層
焼き上げるのでとってもしっとりふわふわです
クラブハリエファンの方もたくさんいらっしゃいますよね

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私は名古屋のB-studioでは手に入らない
フロマージュを購入しました
しっとりしていて絶品です

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近江商人のポリシーは
売り手よし、買い手よし、世間よし」でした

自分たちさえよければ、という考え方ではなく、
トリプルウィンを目指したのですね!

彼らは質素倹約の精神で全国を渡り歩いた
そうです

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この町が美しく見えるのは、水郷だけではなく、
時間が逆戻りしたような古い町並みが、かつて
ここで生きていた近江商人の暮らしや思い
感じさせてくれるからかもしれません。

ゆるやかに時間が流れる近江八幡

のんびりと黄昏時を過ごしてみてはいかがですか

カテゴリー: 近江・滋賀 | 10件のコメント

石山寺を愛したひとたち

今回のいい寺は・・・
石山寺を愛したひとたちです♪

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秋が深まるこの頃、多くの人が紅葉を見るために
石山寺を訪れます

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重厚な造りの南大門をくぐると、見事に紅葉した
境内があらわれます

立派な造りの山門から格式の高さを感じますね

石山寺は西国三十三観音霊場の十三番札所です

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真っ赤に色付いた紅葉
苔むした茅葺きの屋根

秋の香る境内を散策してみました

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普段は非公開の公風園 白耳亭のお庭を覗いて
みましたよ

真っ赤なじゅうたんをゆっくりと踏みしめながら
歩いてみたいですね

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境内が紅く染まるなか、変わらずに癒し
カラーの水路を見かけました。

緑があるからこそ紅が映えますね

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さて、石山寺の由来となった珪灰石の岩山が
あります。
火山活動のなかで生まれた岩が境内の至る
ところに。

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珪灰石の岩山の上に建つ多宝塔は、現存する
多宝塔のなかでは一番古く、屋根の曲線が優雅で
建物の細工にも見とれてしまいました

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子どもが熱心に話を聞きながらお守りを選んで
いました
祈願のお寺として昔から人々の信仰が盛んで
その歴史は天平時代に東大寺の大仏造営まで
さかのぼります

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造営に必要な金を手に入れるために、この地に
聖徳太子の念持仏・如意輪観音を祀ったのが
はじまりだそうです

幸いにも陸奥国からが搬出されて願いが叶い
ましたが、観音菩薩が動かずに離れなくなって
しまい、観音菩薩を風雨から守るために造られた
堂宇が石山寺のはじまりです

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仏様は風雨から守られますが、建物は雨風にあたる
なかで苔むすととてもいい雰囲気になりますね

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観音堂をお参りし、西国三十三観音に手を合わせる人

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実は、平安時代には、宮中の女人たちの間で
観音堂に参籠し、読経しながら一夜を過ごす
ということが流行ったそうです

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後白河天皇以下歴代の天皇はこの玉座から
瀬田川の清流を見下ろしたそうです。
たくさんの人に愛された場所なのですね!

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俳人・松尾芭蕉もこの隣に庵を設け仮住まいとし、
多くの句を残しています

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そして、石山寺はかつて、紫式部が『源氏物語』の
構想を練ったとされる場所です

紫式部は新しい物語を書きはじめようとして、
石山寺に籠り観音菩薩にお祈りしていました

そして十五夜の月を眺め、十五夜の月のもとで行われた
宮中の管弦の会を回想する場面が描かれたのです

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石山寺の観音信仰は、紫式部や『源氏物語』とも
深く結びついているようです

かつてこの場所を訪れ物語を書いたという
紫式部を思いながら私も手を合わせました

カテゴリー: 近江・滋賀 | 6件のコメント

景色は時代とともに・・・

今回のいい町は・・・
景色は時代とともに・・・です♪

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滋賀県・大津にを探しに出かけました

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千二百年の歴史を刻む石山寺の門前を歩くと・・・
琵琶湖の水が穏やかに流れ込む瀬田川
見えてきました

真っ青な空が水面に映って爽やかさも2倍
ですね

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安藤広重が描いた近江八景の中にも登場します

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明治2年、琵琶湖に就航した蒸気船「一番丸」

東海道線開通に伴い、貨客船としての役目は
終えましたが、今も人々から愛されているようです

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瀬田川を目前に構える石山寺は、千年前に
紫式部が『源氏物語』の構想を練った場所と
言われています

また、“唐橋を制する者は天下を制す”と言われて
きた「瀬田の唐橋」は、天下をめざす武将たちに
よって熾烈な争奪戦が繰り広げられてきました

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遊覧船「一番丸」は千年前と同じ景色を届けてくれて
いるのでしょうか

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子供のころに見た風景や思い出の旅行写真を
何年かたった後、見返してみると・・・

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同じものを見ても、思うことや感じることなど、その時
には気付かなかった様々な感情が湧いてきたりします

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同じものを見ても、色々な角度からとらえることが
できたり、感動したり出来るのって、それだけ様々な
経験を積んでこられたということでしょうか。

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記憶や思い出はその人、その人の宝物ですね

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「この柿、顔に見えるね」

「ホントだ!笑ってるね」

そんな会話が聞こえてきました

誰の手も加えられていない自然の芸術を見て
素晴らしいと感じられるのは私たち人間も自然
の一員だからでしょうか

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季節の色の変化を肌で感じられる秋って
大好きです

変わっていく様がはやいので一日一日を
大切にしなくちゃって思わされますよね!

カテゴリー: 近江・滋賀 | 7件のコメント

蔵元・三千盛の酒蔵フェスティバル♪

今回のいい町は・・・
蔵元・三千盛の酒蔵フェスティバルです♪

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岐阜県多治見市にある蔵元「三千盛」さんの
新酒お披露目会を訪れました

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新酒完成の目印である青々とした杉玉が吊るされて
いました
やがて枯れて茶色くなると新酒が熟成してきたのが
分かりますね!

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元々はお酒の神様に感謝を捧げるものだった
そうですよ!
今では蔵元の看板のようになっていますね♪

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お客様をお迎する準備を覗かせて頂きましたよ

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忙しそうに準備をしているけれどみなさん
笑顔でした

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秋は私たちに自然界の優しさを運んで
きてくれます

そばさえあればいい!なんて言う人も
いますよね

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そば粉で作ったそば五平の香ばしい香りが
ただよってきます

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バスを降りて小走りで会場へと向かう常連さん

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しぼりたての新酒を頂きます
辛口ですがとってもまろやか!

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私は純米大吟醸にごりがいちばんのお気に入りかな

手作りの甘酒はとってもやさしい味でおかわりして
しまいました

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試飲できるだけでなく、ウクレレやジャズバンドの
コンサートなども行われていて、会場は大盛り上がり

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陶芸画家のARIGAさんの作品展やアートショーに

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ますに絵を描いて送る絵手紙コーナーも

メールという便利なツールがありますが、
やっぱり気持ちを伝える手段として
手書きのものに勝るものはありませんよね

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イベント中、お客さんの楽しそうな顔を見て
嬉しそうに目を細める営業の方がいらしゃったり

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持ち込みOKというかなり開かれた催しでした

つまみを買って楽しむ人、持参したお弁当を広げる人、
友人とのおしゃべりを酒の肴にする人・・・

みなさん思いも思いの楽しみ方を知っていましたよ

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どてと日本酒は合わないわけがない!!

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三千盛のラベルの書体を書かれている竹内春酔
先生に私も書いて頂きましたよ

「夢は叶う」

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力強い筆運びに私もパワーをもらったような
気がします

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新米でつくる日本酒は獲れたての味がしました

サケは日本が誇るべき食文化だと私は思います。

こちらの新酒お披露目会はお客さんに楽しんで頂く
ことをとても大切にされていると強く感じました。

伝統を守りながら新しいことにチャレンジしていく
熱意からおいしいお酒は生まれていくものだと
思います

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優しい人柄がにじみ出ている、そんな三千盛の
社長サンです

酒からくち 三千盛HPはコチラ↓
www.mediapark.ne.jp/michi/index.html

カテゴリー: 岐阜 多治見 | 4件のコメント

愛宕の山の物語

今回のいい町は・・・
愛宕の山の物語です♪

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上野の森の西郷さん

幕府方の勝海舟との話し合いにより
江戸城の無血開城へと導きました

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その会談をした場所が、芝の愛宕山でした

愛宕山は東京23区の最高峰で標高25.7m

江戸の町が一望できる名所だったそうです

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この愛宕山には、徳川家康の命によって祀られた
愛宕神社があります。

江戸時代には「天下取りの神」として知られ、
武家に信仰されていました

熱心な藩士は祭神を地元に分祀したそうです

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愛宕神社の由来は、徳川家康の三大危機のひとつ
本能寺の変までさかのぼります

徳川家康明智光秀の追手から逃げるため、
大阪から命がけで伊賀越えをし、三河へと戻り
ました

その途中、信楽の多羅尾氏の居城で一晩世話
になりました
そして、「あなた様のお顔には近々天下を治められる
相が表れています。どうぞこのご神体を信仰なさりませ」
と、この城に祀られた愛宕大権現のご神体・将軍地蔵
譲り受けたそうです

実際に小牧長久手、関ヶ原、大阪の陣と徳川家康は
勝ち続けて天下を取りましたね

そこで、「天下取りの神」として世に知れ渡りましたが、
徳川家康自身は、ご神体を防火の鎮守として祀った
そうです

そのおかげで、幕末の江戸が戦火で焦土とならなかった
のかもしれませんね

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愛宕神社の急な階段

振り返ると足がすくんでしまいます

この階段は「出世の石段」と呼ばれて
いるそうですよ

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三代将軍徳川家光の命を受けた讃岐丸亀藩の
平九郎が、この階段を駆け上がり、梅の枝をとって
来たそうです

その後、平九郎は馬術の名人として名を轟かせ
ました

その他にも桜田門外の変で井伊直弼を討った
水戸藩の浪士が成功の祈願をした話もあります

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そんな歴史の舞台に登場した愛宕神社
時代は過ぎ、江戸の町を見渡した愛宕山
高層マンションが見下ろすようになりました

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今は、6月に行われる千日詣りのホウズキ市
有名です

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社殿内には浜崎あゆみさんが奉納した胡蝶蘭が
飾られていました

彼女はデビュー以来こちらに通っているそうです

成功の祈願に訪れるのでしょうか

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平日の静かな境内には雑音が聞こえてきません

のんびりとした時間を過ごせそうです

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由緒ある神社を守る宮司さん

早朝の境内を掃き清めて参詣者を迎える
準備をしていました

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歴史を見てきた愛宕山は、今は都会の
オアシスのような存在ですね

カテゴリー: 東京 下町 | 4件のコメント

爽やかな朝をスタートさせるには・・・

今回のいい町は・・・
爽やかな朝をスタートさせるには・・・です♪

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早朝の散歩は気分がいいですね~♪

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街が動き出す前に散策です

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東京タワーの周りはホテル、高層マンション、
お寺が多いです

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緑の向こうに東京タワーが見えてきました

木洩れ日を感じながらのジョギングは
とっても気持ちがいいものです

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幼子を守るお地蔵さんを見つけました
清々しい風に回る風車が鮮やかです
ご近所の方がお供えしたのでしょうか

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港区・芝のお寺といえば・・
増上寺

徳川家康の帰依によって、徳川家の菩提寺
となりました

江戸の鬼門・上野には天台宗の寛永寺が
あり、裏鬼門の芝には増上寺があります。

どちらのお寺にも歴代将軍のお墓があります!
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参道から大仏殿に至る階段は18段あります

なぜかというと、浄土教の四十八の願の中で、
阿弥陀仏の一番の願いが十八番目にあるから
だそうです

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増上寺の本尊・阿弥陀如来です。

阿弥陀仏の一番の願い(本願)は、
「わたし(阿弥陀仏)を信じる全ての人々が、
 わたしの国(西方浄土)に往生することを
 願い、念仏をわずかでも唱えたのなら、
 その願いを必ず叶えよう」というものだそうです。

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朝からお参りの人でお香の煙が絶えません

皆さん何を願うのでしょうか

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太平洋戦争の戦火にあって、唯一焼失を
免れた三解脱門

その向こうの大門までの距離が108間あるそうです。

これにはまたまたワケがあって、人間が持つと
言われる108の煩悩を表すそうです

その中で代表的な3つの煩悩
「貪り」「怒り」「愚かさ」三毒といいます

その三毒を出していることを懺悔し、悔い改める
解脱)ためにこの門をくぐるそうですよ

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イタリアの教会で静かに祈りを捧げる方を
見かけました

日常生活の中に祈るという行為があるように
感じました。

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増上寺でも出勤前に手を合わせる方がいました

今日一日の無事を願っているのでしょうか

夕方には、日々の暮らしの無事を感謝して
お参りする方も・・・

ところで、私たちが知らず知らずのうちに出して
しまっている三毒消す薬があるそうですよ

それは・・・
「もったいない」「もうしわけない」「ありがたい」
と思う心だそうです

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ちょっとだけ早起きをして近くにお参りする場所を
見つけてみるのも毎日を爽やかにスタートする
カギになるかもしれませんよ!

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大門の向こうには汐留の高層ビル郡が

お参りを済ませた方が三解脱門をくぐって
職場へと向かっていきます

この門の向こうは爽やかな一日が待っています
ように!!

カテゴリー: 東京 下町 | 5件のコメント

自分を表現するものを見つけよう♪

今回のいい町は・・・
自分を表現できるものを見つけようです♪

贈られて嬉しくないという人はいない!
そう思えるのが・・・

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薔薇ですよね
私はブルーの薔薇を頂いたことがあります

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以前、東京・丸の内で行われたフラワーウィークス
訪れました

新丸ビルでは5人の薔薇職人のディスプレイを
拝見しましたよ

薔薇職人さんの中である方がこうおっしゃって
いました

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「自分を表現できるものを作りたい。」

その方は苺作りを辞めて、バラ作りに転身した
そうです

卓越した技術はバラ科である苺の生産経験に
あるそうです
佐賀県にあるバラ園は、朝は海から、夜は山から
の風がそよぐ環境にありバラ作りには適している
そうですよ

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私も自分を表現できる人間でありたいと
思います

感動したこと、いたこと、しかったこと、
しかったことを伝えられる人間でありたい
ですよね!

そして、職人さんのようにこの先の道を決めなければ
いけないという岐路に立たされたとき、あるいは、
そのチャンスが訪れたときには、自分が経験して
きたことを掘り起こし、経験を活かして自分には
どんなことができるのかを考えようと思います

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全く違う道を選ぶのもいいけれど、自分がこれまで
やってきたことを何らかの形で活かすことができる
のはとても素晴らしいことだと思います

仕事がつまらない、あるいは会社がつまらないと
愚痴をいう前に、自分のやりたいことは何かを
考えてみるのもいいかもしれませんね!

カテゴリー: ☆お茶とお花☆ | 6件のコメント

上野の森は盛りだくさん♪

今回のいい町は・・・
上野の森は盛りだくさんです♪

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上野の森には有名な銅像がたくさんあります
国立西洋美術館の前庭にはエミールの「弓を引く
ヘラクレス

矢を射る瞬間を表現しています

とっても力強いですね!

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ここには『カレーの市民』とともにロダンの
代表作『考えるひと』もあります

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この有名な『考えるひと

実は『地獄の門』の頂上に置かれた群像の
一部なのです。

ダンテの叙情詩『神曲』地獄編に登場する
地獄への入口の門を制作したロダン

『考えるひと』は門の上で熟考するダンテとも
夫人と愛弟子との間で苦悩するロダン自身
とも言われています

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『地獄の門』の周りには群像

この中にはロダンの作風に影響を与えた愛弟子
カミーユ、亡くなる寸前にやっと結婚の手続きを
した妻ローズ、最後まで認知しなかった息子も
描かれています

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人生には色々な出会いがあります
その出会いに喜び、楽しんだり、怒ったり、
楽しんだり、そして別れに哀しんだり・・・
その揺れ動く心に悩むこともありますね。

悩み、考えた分だけが開けるといいですね!

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」の字が彫られた蹲がありました。
大政奉還した徳川慶喜への大義を彰かに
する意味で作られた彰義隊

その彰義隊を示す「義」の彫り文字です。

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江戸城無血開城した後に、新政府に不満を持つ
彰義隊はこの上野の地で官軍に戦を挑みました。

兵力に勝る官軍の前では、一日ともたずに
敗れてしまいました

戦死者は、賊軍として亡骸が放置され、合同の
墓地ができるまでに7年の歳月がかかったそうです

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上野の森で1番有名な像は、江戸城無血開城
の立役者西郷隆盛ですね

色々な要因があったのでしょうが、西郷隆盛
勝海舟が話し合わなければ、江戸は官軍と
幕臣との戦で焦土と化したでしょう

その西郷隆盛も後に西南戦争で反乱士族の
頭として新政府との戦に臨み、討ち死にして
しまいました

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逆賊として功績を剥奪された西郷隆盛は、後に
明治天皇の勅旨により賊名を除かれて復権
しました

この銅像は、復権に感激した旧友が有志を募り
資金を集めて高村光雲に依頼した作品です

軍服ではなく、兎狩りに出かける姿の西郷隆盛像

西南戦争で担ぎ出されなければ、この姿のように
悠々自適な人生を送っていたのかもしれませんね。

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西郷隆盛の奥さんは完成した銅像が正装をした
姿では無かったころにガッカリしたそうです

明治になって征韓論が起きたとき、武力により
修好条約締結を進める考え方が大勢をしめる
なか、西郷隆盛は話し合いによる交渉を主張
しました

いかつくて喧嘩に強そうな西郷隆盛ですが、
懐が深くて争いごとが嫌いな人物だったの
でしょうか。

その人柄から多くの人が彼の復権を望み、
銅像建立の資金はたくさん集まったそうです

このように人望が厚かった西郷隆盛

愛憎の葛藤の中で悩むロダンの『考えるひと』

上野の森の銅像は、単なる芸術作品では
なさそうですね!

ここには、まだまだ興味が惹かれる作品がたくさん
あります

次に訪れるときが楽しみです♪

カテゴリー: 東京 下町 | 4件のコメント

上野で出会った芸術家たち♪

今回のいい町は・・・
上野で出会った芸術家たちです♪

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上野恩賜公園を散策しました

私はたまに国立西洋美術館を訪れますが、
上野では著名な作品に混じって、町の芸術家
に出会うことができます

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似顔絵を描ている人がいたのでチラっと
のぞいてみました

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写真のように精巧に描くことも素晴らしいと思います
が、その人そっくりに描くのではなく、モデルと対話
しながらその「内面」を表現することに価値があるの
ではないかなと、私は思います

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私も芸術家ではないけれど、人のいろいろに
変化する表情
をとらえるのが楽しくてファインダー
を覗いているものです

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「春風や まりを投げたき 草の原」
正岡子規の句を見つけました

なぜ、こんなところに?と不思議に思い
調べてみると・・・

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彼らのように、正岡子規が上野公園内で草野球
楽しんでいたことから「正岡子規記念球場」という
名前が付けられていることを知りました

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正岡子規は、明治初期、日本に野球が紹介されて
間もないころの愛好者で、野球を題材とした俳句
短歌、小説、随筆を発表して、野球の普及に貢献
しました

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自身の幼名である「升(のぼる)」にちなんで
「野球(のぼーる)」という雅号を用いたことも
あったそうです

野球」という表記を最初に行い、さらに「バッター」
「ランナー」「フォアボール」「ストレート」「フライボール」
などの外来語を「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」
と日本語に訳したのも彼だという興味深いことが
分かりました

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著名な作品といえば、国立西洋美術館の前には
ロダンの彫刻「カレーの市民」があります。

1347年、王位継承問題を名目に起こった英仏間の
100年戦争の最中、イギリスのエドワード3世は
フランス・カレーの最も有力な6人が町の城門の鍵を
持って降伏することを条件に攻撃をやめることを宣言
しました

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身をもって市を救った6人を讃えるため、カレー市より
依頼されたモニュメントで、12種類が世界各地に展示
されています。

イギリス王の軍に包囲されて、カレーの市民に
餓死者が出始めたとき、6人の指導者が、包囲軍
の求めに応じ、市民の解放のために自ら決意して
命を差し出したという話です

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カレー市はロダンに、鍵を持った男一人だけ
製作を依頼しましたが、彼は死に直面した6人
全ての男たちの怖れや苦悩を表現しました。

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ロダンは、彫刻設置にあたって高い台座に置かず
鑑賞者と同じ地面の高さに置くことを願いました。

同じ視線にして私たちの心に問いかけているようですね。

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わたしの住む名古屋市でも能楽堂を建てた折に
能舞台の顔となる鏡板の「」で話題になりました

市が依頼した地元の画家の描いた松が「老松」でなく
若松」だったのです

若松は本来、舞台までの花道に植えるものですから
能と狂言の団体から演技ができないと抗議されました

 この画家も何か意図したものがあったのでしょうね

すぐには理解できなくても、時間が経つ中で作者の
気持ちを理解することができるかもしれません。

じっくり、あせらずに」これが芸術を鑑賞する心得かも
しれませんね

名古屋能楽堂ではその後「老松」が描かれて老松、
若松の両方が使用できるようになっています。

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