京都ぶらぶら☆半兵衛麩♪

今回のいい寺は・・・
京都ぶらぶら☆半兵衛麩です♪

京都で見つけたおいしいお店の紹介です

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ステキな店構えのお麩のお店「半兵衛麩

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お麩の包みには思わず目元が緩んでしまうような
一言が書かれていました

私は「おおきに」を選びましたよ

京ことばって独特の温かさがありますよね

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こちらの生麩はモッチモチ!!
私のオススメはよもぎ麩です♪
ごま油で香ばしく焼き色をつけて甘い味噌に
付けて食べましたよ~

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水にこだわり、原料にこだわり、製法にこだわる。

このこだわりの心から半兵衛麩のおいしい麩が
生まれるのですね

お寺が多く、美味しい水に富み、日本の文化を
受け継ぐ京都でこそ「京麩」は発展してきたそうです。

☆半兵衛麩 本店☆
京都市東山区問屋町通五条下ル上人町433
TEL:075-525-0008
www.hanbey.co.jp/top.html

カテゴリー: 京都 新旧散策★ | 10件のコメント

いい寺☆神護寺の歴史

今回のいい寺は・・・
神護寺の歴史です♪

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「神護寺」の名称には神社を運営したり管理する
意味があります。

ここには、神仏習合という歴史があります。

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神護寺の正式名称は
「神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)」
といい、八幡神を祀って国家の鎮護を祈念
する真言宗のお寺です

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神護寺の山門をくぐると右手に和気清麻呂
霊廟があります。
お寺なのに朱塗りでのような造りですね!
神護寺と和気清麻呂には深い関係がある
みたいです

和気清麻呂は奈良時代から平安時代にかけて
活躍した官僚でした

彼を一躍有名にしたのが
道鏡の宇佐八幡神託事件」でした

そこで、昨年訪れた宇佐八幡についてちょこっと
調べてみました

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京都府・高雄から大分県・宇佐市へ~
宇佐神宮は全国にある八幡神社の総本山
となっています

ここには神社だけれど「八幡大菩薩」が祀られていて、
江戸時代まで神仏習合の象徴的な神社だったそうです。

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宇佐八幡の伝えでは、八幡神は
九州地方の神様でした

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東大寺造営のときに「天神(あまつかみ)、
地祇(くにつかみ)を率いて(総動員して)、
大仏建立に協力せよ。」
と宇佐八幡神は大仏建立の神託を出しました。

昔はによって世の中が造られ、動いていると
信じられていました

神の意志を伺い伝えるという神託が行われて
いたそうです。

宇佐八幡神の神託を宮司に告げて、宮司が
その神託が書かれたものを持って奈良に
向かいました

これを期に宇佐八幡神は「国家神」となって
東大寺にも迎えられたそうです。

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東大寺・大仏造立の神託以外にも、
宇佐八幡神は神託を出す神様でした。

天皇に並ぶ法王の位にいた僧侶・道鏡について
「道鏡を皇位につけたら天下泰平である」という
ご神託が朝廷へ届けられました

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その神託の真意を確かめるために朝廷は家臣の
和気清麻呂宇佐神宮に派遣しました。

すると、「わが国は君臣の分が定まっている。
いまだ臣をもって君となしたことがない。」
家来が君主になることは無い!との新たな
神託が宇佐八幡神から出されました

この新たな神託は朝廷から「偽」との疑念を持たれて
和気清麻呂は流罪となってしまいますが、朝廷と道鏡
の野望
を阻止する事が出来ました

その後疑いが晴れて、和気清麻呂は仏教改革
新たな都・平安京の造営に尽力しました

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和気清麻呂も宇佐八幡神の神託によって仏教に
帰依
し、神願寺を建立しました
そして墓所はこの地にあった和気氏の菩提寺・
高雄寺に造られました。

その後、神願寺と高雄寺が合わさって神護寺
なったそうです

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和気清麻呂は、江戸時代の末に孝明天皇から
護王大明神」の神号を賜りました

ところが廃仏毀釈によって、和気清麻呂を
祀った廟は京都市に移されて「護王神社
となっています。

ここには八幡大菩薩を祀る社殿はありませんが、
僧形八幡画像が残っています。

この八幡画像を木造で彫刻した像が東大寺
八幡殿に祀られています

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春の高雄は、秋に落ちた紅葉が新緑となり
新しい生命が生まれたようでした

子どもの頃、絵の具の黄色を混ぜて
作ったことを思い出しました

色の混ぜ具合でいろいろな緑ができました

神道仏教の習合もいろいろな形があります。

明治になって神道仏教は分けられました

でも青色黄色に分けることはできません

一度混じり合った色は元の色には戻せません
ものね!

次は神仏習合の歴史が残る国東半島
行ってみます♪

カテゴリー: 京都 (春) | 6件のコメント

いい寺☆新緑の神護寺♪

今回のいい寺は・・・
高雄山・神護寺です♪

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神護寺は、山深い場所に建てられた真言密教
お寺です。

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山門に向かって急勾配の石段が続きます
山岳寺院はこんなふうに険しい道の上に
あったりします
上るにつれて、私たちが住む世界と離れて
いきますね~

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昔は、この山奥で多くの僧が修行したそうです

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今は、そんな厳しい雰囲気はなく、紅葉の
観光名所となっています

途中で休憩~~

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石段の脇で山門を写生している女性や

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外国人の方がハイキング途中でくつろいでいたり♪

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緑を感じながらの境内散策って気持ちいい

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朱塗りの多宝塔と新緑のモミジ
真っ赤に色付いた秋の季節とは違って建物が
引き立ちますね

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長ーい石段を上った高い場所に金堂が
みえます

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本尊は薬師如来サン

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鐘楼も高いところにあります!
鐘の音を高雄の山々に響かせるためなのかな

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自然は恵だけじゃなく、試練も与えます

「久しく修造なかりしかば、春は霞にたちこめられ、
秋は霧に交はり、扉は風に倒れて落ち葉の下に
朽ち、甍は雨露におかされて仏壇更にあらはなり」

平家物語で高雄の自然の厳しさが述べられて
いました

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神護寺は、和気清麻呂最澄空海源頼朝
歴史上の人物と関係が深く、隆盛を極めましたが
応仁の乱の戦火で焼失したり、廃仏毀釈の渦に
巻き込まれて取り壊されるなど、長い衰退期も
ありました

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でも、その時々の住職サンの知恵で神護寺を
守ってきたのでしょう

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現在の神護寺は、その歴史を偲び、自然に癒される
場所になっています
 

カテゴリー: 京都 (春) | 12件のコメント

いい寺☆緑の中の西明寺

今回のいい寺は・・・
槇尾山・西明寺です♪

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京都の北部に向かう周山街道の先に
紅葉で有名な高雄があります。

秋には一面オレンジ色に色づいた紅葉
見ようとたくさんの人で賑わいます

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この季節に緑を感じながらの高雄もスキです

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高雄の地を流れる清滝川
清々しい空気が訪れる人を包んでくれます

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清滝川の沿道を上っていくと
槇尾山聖天堂」の目印を発見!

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新緑のトンネルをくぐって石段を一段、一段・・・

陽光が差し込んで緑のモミジが輝いて見えました

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汗をかきかき上っていくと
大界外相」の石碑が立っています。

私たちの住む世界と仏の世界の境界線(結界)
を表すそうです

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ここから先は仏の住む世界なのか~~

なんて期待しながら西明寺の山門をくぐります♪

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木漏れ日と爽やかな風が頬をなでて石段を
上ってきた疲れを吹き飛ばしてくれるようです

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山から清水が湧いて小さな流れとなっていました

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掃き清められた境内、そして庭

目を引くような建物や演出はないけれど、
客人を迎える心が気持ちいいですね

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自然に溶け込んだような本堂は、元禄時代に
将軍・綱吉の生母・桂昌院が寄進したものです。

本尊の釈迦如来が祀られています

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縁側に出てみると、屋根と屋根のすき間から
緑と青が目に飛び込んできました

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客殿からはこんなに贅沢な景色!!

時が経つのも忘れて見とれてしまいそうです

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鐘楼の向こうには高雄山が見えます

癒しのご利益を頂き次は高雄山・神護寺へ
行ってみます♪

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今宮神社の神幸祭♪

今回のいい寺は・・・
京都の祭☆今宮神社の神幸祭です♪

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5月5日には、今宮神社で神幸祭が行われます

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今宮神社は「玉の輿神社」と呼ばれています

女子には気になる名前ですね~~

京都西陣の八百屋に「玉」という娘がいました。
彼女は春日の局の侍女から、徳川3代将軍・家光の
側室となって5代将軍・綱吉の生母・桂昌院となりました。

そこから「玉の輿」という言葉が生まれたとか・・・

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今宮神社には西陣の産土神が祀られていました。
荒廃した今宮神社を西陣と桂昌院の力で復興
したことから通称・玉の輿神社となったそうです。

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千年以上の歴史がある今宮祭も神社の荒廃と
同じように衰退していきましたが、社殿の復興に
合わせて、西陣の祭として賑わいを取り戻しました。

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活気あふれる雰囲気が伝わってきます

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人が乗るときは「輿」
神様が乗られるときは「神輿」だとか・・・

あまり神社に行く機会がないので、神様って
どんな存在なんだろう??

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5月5日に「神幸祭」
5月15日前後の日曜日に「環幸祭」

二つ合わせて今宮神社の「今宮祭

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宮司さんも一緒に楽しそうっ

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先神輿、中神輿、大宮神輿の三台が目的地の
御旅所まで街中を巡ります

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日本全国、埋もれかかったイイ町がいっぱい
あります。

各地でも町おこしが盛んになってほしいなと
思います

町おこしに取り組んでいるところを見てみたい
な~なんて思いました♪

今宮神社の門前にある「あぶり餅」は
甘い味噌ダレが絶妙ですよね!

GWに京都ぶらぶら旅行♪いかがですか?

※京都・今宮神社はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/58/

カテゴリー: 京都 (春) | 10件のコメント

中津川☆ぶらり途中下車の旅♪

今回のいい寺は・・・
中津川☆ぶらり途中下車の旅 です♪

特急しなのに乗って名古屋を出発

馬籠に行くには、中津川駅で下車して路線バスに
乗り換えます

バス発車まで30分もあるので駅前をぶらりん
してみることに♪

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そこで見つけたレトロな酒屋さん

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地酒の品揃えがすごい!!

お店のご主人が試飲をすすめてくれました
芋焼酎がこんなに甘くて爽やかだったなんて
知りませんでしたよー

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こうゆうのってテンション上がります↑↑
甕から試飲させて頂きいい気分~~

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一緒に頂いたのは菊ごぼうの味噌漬け
菊芋のこうじ味噌漬け

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恵那山に3回霜が降りると菊ごぼうの収穫の時期!

菊ごぼうは中津川を中心に東濃地方で食べられて
いる伝統的な野菜だそうです。

菊ごぼうは野山に自生する「モリアザミ」の根っこを
味噌漬けにしたもので、その昔は滋養強壮の
薬草としても使われていました

シャリシャリとした歯ごたえが不思議な感じ

仁科吉五郎商店サンのは防腐剤、着色料、甘味料
は一切使わず、水までも無添加にこだわって
います。

名古屋のお鮨屋さんにも入れているそうです。
細巻きにしても良さげだし、この味噌はまだまだ
使い道がありそう!!

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バス待ちのための散策だったのにあまりの
楽しさにお店が気になって気になって・・・

中津川→馬籠→妻籠→再び中津川へ~

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ピンク色の空が水面に映ってキラキラ
車窓にへばりついて見とれてしまいました

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すーっとオレンジ色に変化して旅も終盤です

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馬籠も妻籠も堪能したので今度は
中津川を召し上がれ~

ご主人オススメの焼酎が飲めるお店を
教えて頂きました。

お酒のことなら何でも聞いて~のご主人が
いらっしゃる仁科吉五郎商店サンは
中津川駅のまん前です

カテゴリー: 長野・馬篭・妻籠 | 8件のコメント

いい寺☆永昌寺・島崎家の菩提寺

今回のいい寺は・・・
島崎家の菩提寺 永昌寺です♪

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江戸時代から明治維新へと

世が明けたけれど「あの時分は良かった!」

と平和な江戸時代を懐かしむ人が多かったそうです

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島崎家の家宝 小倉百人一首

中山道は江戸と上方を結ぶ動脈のひとつでした。

各地の文化が街道沿いの宿場に♪

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濃尾から南信州にかけて地方歌舞伎が盛んでした。
近隣の飯田には江戸から市川海老蔵がしばしば
興行に訪れたそうです

馬籠の秋まつりでは祭礼狂言の興行が3日間も!

年に一度の楽しい祭は、祭礼狂言で盛り上がり、
囲炉裏端でも狂言の話で盛り上がったそうです

大分の日田祇園祭りでも人々が力を合わせて
作り上げているのを感じ感動しました
祭りが終わったら、翌年のために一年間準備に
取り組む

みんなで作り上げているからこそ、その姿を観たい
と人々が集まってくるのだと思います

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街道沿いの至るところに道祖神が祀られていました
村の守り神であったり、旅人の安全を願う神として
道の傍らや道が交差する辻から見守って
くれています

お地蔵さんがいたり、神様がいたり・・・
土地の風習の中で仲良く祀られていましたよー

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明治時代に入って、幕府から僧侶に与えられた
宗門権の廃棄と、神仏分離が行われて、神道
中心にした国づくりが始まりました

この動きが地方では、廃仏運動や他宗教の
弾圧となって現れました

明治6年になると、国内外からの批判が強まり、
政府は信仰の自由を認めました
そして、国学者が望んだ王政復古への道は
頓挫してしまいます。

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島崎藤村の父親は王政復古への想いが強くなり
「どこか古い神社に仕えて新たな生涯を
開きたい!」と東京へ行くことを決めました

そこで、菩提寺との縁を切るために先祖代々の
位牌を引き取りに菩提寺に向かいます

菩提寺の和尚さんは、藤村の父親の考えを
理解して、不機嫌な顔をすることなく、先祖の
位牌を差し出しました。

ただ、寺の創建と復興に携わった先祖の位牌
だけは残してもらいました。

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東京では、任地先が決まるまで教部省に勤めて
いました。
当時の宗教界を担当する役所で、各宗派の
勝手な行動を目の当たりにします

「神道を根本に国民教化の基準をしっかりと
打ちたてておかないと・・・」
と張り切ったところで水無神社から宮司の話が
舞い込んできます

「誰か飛騨行きを引き止めてくれ」と未練を残し
ながら、東京を離れて山深い飛騨の地へと
赴きました

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飛騨の地は神仏習合の風習が残っていて、神社は
寺院の一部という考えの強い地域でした。
藤村の父親は、4年間この地で宮司の職を務め
ましたが、それ以上この地に留まることはできません
でした

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島崎家の菩提寺・永昌寺には、永昌寺を創建
した島崎家代々のお墓があります。

当時の和尚さんは、修行中からお世話になった
大檀那の島崎家や檀家への恩を忘れずに
住職の務めを一生懸命行っていました

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境内の裏山を整備して庭を造ったり、
「村のためにも役に立とう、貧しい百姓の
子供をも教えよう」と村の子供たちには
寺子屋で読み書きを教えました

藤村の父親の要望で敬義学校を建てる場所
も提供しました。

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寺を訪れる檀家にはお茶を出して、世間話や
悩み事を聞きました

ある時、和尚さんは十五夜の月見にと藤村の
父親を招いて、村民と一緒に膳を囲んでお酒
を酌み交わしました

寺を離れた藤村の父親でしたが、和尚さんは
笑顔で接待しました

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その頃、東京でも飛騨でも挫折した藤村の
父親は「復古の道は途絶えた」との思いから
幻覚に悩まされていました

月見の宴の後、藤村の父親は永昌寺
訪れます。
そして、本堂の障子に火を放ってしまいました

幸い、様子が変だと後をつけて来た村民が
消したので大事には至りませんでしたが・・・

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藤村の父親は座敷牢に幽閉されてしまいます。
戸長の役を下され、復古への夢は破れ、宮司の
務めに挫折。

そして「私はおてんとうさまを見ずに死ぬ。」と
言い残して、自分の望んだ世の中が訪れる
ことなく、静かに息を引き取りました

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葬儀は永昌寺の境内で、神葬にて営まれ
先祖の墓所に埋葬されました

本堂に火をつけられてもなお、和尚さんは
彼の理解者でした

「御一新の時に宿場の組織と同じように僧侶も
廃止して境内を父親が創立した敬義学校の
ための学びの場にしたかったのでしょう。」
と彼の弟子に話しました。

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廃退した宗教界を仏教伝来以前の神道に復古
しようと最後まで突き進んだ藤村の父親。

絶縁して本堂に火をつけられても
最後まで創建の恩を忘れなかった和尚さん。

どちらも宗教に対して純粋な気持ちを持っていた
ように思えました。

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和尚さんは跡継ぎを育てて、本堂の雨漏りを
直したらまた行脚に出る、と藤村の父親の
弟子に話しました。

「もし、その老年の出発の日が来て、西は長崎の
果てまでも道をたどりうるようであったら、遠く
故郷の空を振り返ってみる一人の雲水僧の
あることを記憶しておいてくれよ。」

藤村の父親も、最後まで「復古」にこだわらずに
菩提寺へ先祖の位牌を戻すことができたら
良かったのになーなんて思いました

江戸時代から明治、昭和、平成・・・と時代は
移り変わるけれど、その変化のときに良いもの
まで変えてしまわぬよう、又、他を力でねじ伏せて
まで排除せぬよう、何が一番いい方法なのかな~
って考えてみるのも大切ですよね!

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※「活気あふれる日田祇園」はコチラ↓
  e-tera.net/Entry/160/

カテゴリー: 長野・馬篭・妻籠 | 6件のコメント

夜明け前☆島崎藤村のふるさと

今回のいい寺は・・・
夜明け前☆島崎藤村のふるさとです♪

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木曽の宿場町・馬籠は小説家・島崎藤村
生まれ故郷です。
今日はちょこっと歴史のお勉強です

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島崎藤村の先祖が馬籠の町を開き、
庄屋、本陣、問屋を代々務める名家でした

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小説「夜明け前」の中では、宿場の人々の暮らしや

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街道を行きかう伝馬や飛脚の様子が語られています

上方と江戸を結ぶ中山道

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「江戸で起きた事は上方より早く

上方で起きた事は江戸よりも早く」ってね

最新情報が馬籠に届いていました

わらじで走って足が痛くならないのかな??

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江戸時代の中山道は「姫街道」と呼ばれていました。

大きな川などの難所が少なかったので、東海道
比べて女性の利用が多かったそうです。

幕末に天皇の妹・和宮もここを通って徳川家に
嫁入りしました

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妻籠宿で大名風呂を発見!
東海道だけでなく、中山道も参勤交代
使われたのですねー

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幕末になると参勤交代が無くなり、幕府が国の
統治権を朝廷に返上しました(大政奉還)。

江戸を出て地方に帰っていく人々がたくさん
いたことでしょう。

街道の雰囲気や人の流れが変わっていきました

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世の中がガラっと変わっていくのに敏感だったのが
島崎藤村の父親でした

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父親は祖父の勧めで馬籠の麓、美濃の中津川で
平田派の国学を学びました

平田派の国学は、仏教や儒教の影響を受ける前の
日本固有の神を祀る精神に戻ろうという思想でした。

平田派の国学者は「王政復古」を唱え、この考えが
広まり人々は明治維新に向けて進んで行きました。

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「明日、最も古くて(王政復古)、しかも最も新しい太陽
(明治維新)はその明日にどんな新しい古(いにしえ)を
用意してこの国の人々を導いていってくれるだろう。」
と藤村の父親は期待に胸を膨らませましたが・・・

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明治政府の「御一新」の方針により徳川の代に
築いたものが次々と消えて行きました

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宿場の問屋の廃止、年寄役の廃止、
革新につぐ革新、破壊につぐ破壊

父親は、復古の大事業が始まったことを説き、
この改革の趣旨がもっと世の中を明るくするため
であることを村民に説きましたが・・・

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民意の尊重を約束して出発した明治政府でしたが
木曽の森林を国有化してしまいました

徳川時代には許された伐採を認めなかった
そうです

街道での収入を絶たれた村民の唯一の収入源
までも奪われてしまいました

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理想とした時代が到来すると信じた父親の
期待は裏切られ、この国の夜は違う方向に
明けてしまいました。

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「小さな水たまりに、大きな空をうつす。」

木曽谷で起きたことは、全国各地でも同じように
起こりました。

世の中が変わることは、良い事ばかりでは
ありませんね

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この変化は、文化や宗教界に大きな影響を
与えました。

西洋のものがどんどん入ってきて文明開化
起こり、神道を中心にした国づくりのために、
他の宗教を排除するという廃仏毀釈が行われ
大きな波が押し寄せました

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自分と違うところを認めるのって難しいのかな?

次は島崎家の菩提寺・永昌寺に行ってみます

カテゴリー: 長野・馬篭・妻籠 | 14件のコメント

恵那山を召し上がれ!!

今回のいい寺は・・・
恵那山を召し上がれ!!です♪

馬籠の旅人は考えました・・・

どうしてこんなに懐かしく感じるんだろうって

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こんなおばちゃんや

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ほっぺたの赤いおばあちゃんが

迎えてくれるから?

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をちょこんと持たされたおじぞうさま

ここを訪れた人が笑顔になればという
気遣いを感じますね

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ポン太クンや

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から笠がお似合いのおじちゃんに

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柔らかい灯りで旅人を迎えてくれる宿

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ここで心癒された旅人はたくさんいたことでしょう

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恋人も

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家族も笑顔になっちゃう町

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馬籠にいる人みんなが最高の笑顔でした

偶然見かけた看板に書かれていた
キャッチコピーは「恵那山を召し上がれ

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なるほどねー

窓の向こうは恵那山!!

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私が頂いたのは恵那山冷やしぜんざい

花もいいけど団子もね

散策の途中に爽やかな気持ちになれましたよ

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妻籠馬籠・・・似ているようでそれぞれに
魅力があると思いました。

妻籠はそこに暮らしながら守っている人がいて、
訪れた人の心に安らぎをくれる町。

馬籠はおもてなしの心で、訪れた人を
楽しませてくれる町。

そんな風に感じましたよ

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何度でも訪れたくなる町って
旅人を迎える側も楽しんでる町なんだろうな
って思いました

みなさんが見つけたとっておきのキャッチコピー
教えてくれませんか~??

なんだか心地いい町☆南木曽・妻籠はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/281/

妻籠の旅人・妻籠の住人はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/282/

カテゴリー: 長野・馬篭・妻籠 | 14件のコメント

馬籠ぶらぶら日記♪

今回のいい寺は・・・
馬籠ぶらぶら日記です♪

中山道の旅人は馬篭に移動です

馬籠と言えば・・・

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五平もちっ!!!

白木屋サンの五平もちはまんまるでモッチモチ

よくある平たいタイプより食べやすいし胡桃の
タレが甘くておいしい~~~~

馬籠といえば・・・

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そばっ!!

水のキレイなところで頂くそばはサイコーですよね

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馬籠の入口からすぐのところにある白木屋さん

店内は昭和の香りがプンプンで

おばあちゃんの家に来たような感覚です

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坂が多い馬籠だけれどちょっとした散歩になるし
見晴らしサイコーできっもちE~~~

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こんなものを発見 火の用心

馬籠は飲料水に乏しい町だったそうです。
囲炉裏やあんどんを使っていたのでよく火災が
起こったとか

宿場町は家屋が密集しているので、一旦
火が出たらもう大変!

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今は山奥で湧き出たおいしいお水を運んで
くることができますよね

私、こんな何気ない緑にも癒されちゃったりします

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蛇口をひねればどれだけでも水は出てくるけれど、
天候に左右される生活をしていた頃は大変
だったんだなーと、しみじみ・・・。

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日照りが続くと農家はみんなで雨乞いを行った
そうです
水路が整備されてこの風習はだんだん姿を
消したけれど、近年でも雨乞いは行われて
いたみたいです!

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たまに、こうやって田舎にくると、自然ありがとー!
って気持ちになるよね

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水を大切にしているところだから
「水神サマ」に感謝 
なのかな☆

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馬籠は桜もキレイでしたよ~

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いいお天気だからアイス食べながらぶらりんぶらりん♪

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ハイキングコースもあるし、
馬籠ライダーになってみる???

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日本には昔から旅人の心をいやしてくれる
場所があったんですねー

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古い町並みってなんでこんなに懐かしいんだろう。

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中津川から路線バスに乗って馬籠まで♪

あっという間にタイムスリップできちゃいますよ

カテゴリー: 長野・馬篭・妻籠 | 8件のコメント