海を見守る水ノ浦教会

今回のいい寺は・・・
海を見守る水ノ浦教会です♪

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福江島に数ある入江の港のひとつ、島の北側の
水ノ浦漁港を訪ねてみました

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漁港を見下ろす小高い丘の上には、十字架の
そびえる水ノ浦教会があります
信徒にも地元の漁師さんが多いそうです。

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眩しいほど白い外壁の美しい教会です

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瓦屋根の内部は連続するアーチが美しい
こうもり天井

私には風をはらむ帆のように見えます

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キティちゃんのカバーがかけられた聖書

背筋を伸ばして座る小さな信徒たちが熱心に
聖書を読む姿が目に浮かびます

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フランシスコ・ザビエルが長崎・平戸の地を
踏んだのが1550年のこと。

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長い歴史を経て、現在もなお、祈りの場として
大切に守られていることが分かります

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裏庭のイエスの生涯が描かれたレリーフを
ひとつひとつ眺めながら上っていくと

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シスターが「五島はキレイなところでしょう?」と。

五島の夕陽を撮りに来たんですと話す私に
大瀬崎に沈むのは6時頃よと教えてくれました

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この壁には「ミナ」という貝殻を焼いて、それを砕いて
作った漆喰が塗ってあるそうです

現在の教会が建てられたのは、太平洋戦争に突入
する少し前の昭和13年。

国家総動員法が公布されて男手が足りなくなり、
シスターたちまで漆喰を塗る作業に駆り出されました

戦時中には目立ちすぎて空襲の標的にならぬよう、
コールタールで黒く塗ったこともあったと聞きました

大分の臼杵という城下町でも空襲の標的を避ける
為に白壁を黒く塗った名残を見つけた事を思い出し
ました

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平和な世となり、再び白い壁を取り戻した教会は
由緒ある入江とそこで船を操る漁師たちを見つめて
います

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入江を望む丘に立つ白亜の天主堂が夕陽
受けて茜色に染まるのを見守り続けてきた
のでしょう

キリシタン大名・大友宗麟の国 大分・臼杵は
 私の大好きな町です♪

 「大友宗麟の町 大分・臼杵を散策して」はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/132/

 「大分 臼杵《二王座を歩く》」はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/135/

 

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福江島☆潮風を感じながら♪

今回のいい寺は・・・
福江島☆潮風を感じながら です♪

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車を走らせながら見つけた草木のトンネル

車を停め、雑草を踏み分けて降りてみると

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澄んだ水のがありました

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大きな海水浴場もあれば、小さな浜もあって
おもしろい!

ビーチグラス小さな貝殻が拾える浜、
色とりどりの小石が転がっているところと
場所によって特徴があって飽きません

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遠くに目をやると海上タクシー

昔も今も島の人々の足です

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海沿いを窓を開けて走ると心地良い潮風が頬を
なでてくれます

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緑の中を走っていて「カキ直販」の看板を発見

五島で最大の福江島だけれど、そこは島だけに
面積は約326.34平方キロ。

クルマなら1日で島を一周できてしまいます

もすぐ近くにあるんだなーと実感

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リアス式海岸の五島にはいたるところに大小の
入り江があります

内海の深い青を独り占めにしてカヤックを

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訪れたのは3月の中旬

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一週前にはが降ったとのこと

一気にがやってきたのかな

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満開の桜もいいけれど・・・

これから花を咲かせようと準備しているつぼみ
を見るとなんだかワクワクしちゃいます

次は海を見下ろす水ノ浦教会を訪れます♪

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ステンドグラスの教会☆貝津教会♪

今回のいい寺は・・・
ステンドグラスの教会・貝津教会です♪

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福江島の三井楽町貝津集落にある木造の教会

訪れたのは夕方

西日がステンドグラスを透して七色の光

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誰もいない教会で鮮やかなステンドグラス
しばし目を奪われてしまいました

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暗く、辛い過去を持つイメージの島だったけれど
優しい光が差し込み訪れた人を「おかえり
と言って迎えてくれているような場所でした

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外観は素朴で決して華やかさはないけれど一歩
足を踏み入れるとそこはロマンティックワールド

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車を走らせ見つけた「ステンドグラス工房

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自分だけのオリジナルを作れるのは嬉しいですね

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貝津教会の美しいステンドグラスを作っているのが
こちらだそうです

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ひっそりと静まり返った教会で辺りを見回して
みても、人影はない

けれど、気配を感じた。

足繁く通い祈る人々がいて、床には塵ひとつ
落ちていなかった。

人々がいる限り美しい教会であり続けるの
だろうと思いました

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二人のフランス人宣教師

今回のいい寺は・・・
二人のフランス人宣教師です♪

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祈りの島々・五島列島

信仰の始まりの地、福江島・堂崎

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1566年イエズス会のポルトガル人宣教師
ルイス・アルメイダがこの地に上陸して五島の
キリスト教の歴史が始まりました。

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その後の受難の時代を経て、300年後に
カトリックを伝えたのがフランス人宣教師
でした

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フレノ神父は五島巡回宣教師に任命されて
島々を布教して廻りました

当時は、禁教令は説かれたといっても
カトリックがこの地に復活したというわけでは
ありませんでした

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弾圧を逃れるために隠れて行われた儀式は
子孫に伝わるうちに変化していきました。

そして、先祖供養を中心とした、カトリックとは
認められない姿に変わっていました

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ゼロから始まったカトリックの布教

その中心になったのがフレノ神父の後任
マルマン宣教師でした。

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マルマン宣教師は、貧困にあえいでいた人々が
生きる為に子供を間引く悲惨な光景を見て
救済にあたったそうです

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布教をするという目的の前に、子供たちの
救済に力を尽くした方なのでしょうね

堂崎に子供を育てる養護施設と、保母さんを
育てる修道院を建てて、社会活動の基盤を
造りました

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マルマン宣教師が布教の足跡を残して
佐世保の黒島に移ると、後任には黒島から
ペルー宣教師がやってきました

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堂崎教会のすぐ目の前は美しい海

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ミサの合図にはほら貝が使われ

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信者は小舟に乗って礼拝に訪れたという

キリシタンたちにとって、この岬を目指して小舟を
こぐことは、自由に信仰できる喜びそのものだった
にちがいありませんね!

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ペルー宣教師は、新たな夜明けのために
カトリックの教えを根付かせました

堂崎には多くの信者が集い、
祈りの拠り所となる天主堂を建て、
信仰の花が開いていきました

次は教会と島の暮らしを訪ねてみます♪
 

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堂崎天主堂とマリア観音♪

今回のいい寺は・・・
堂崎天主堂とマリア観音です♪

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九州本島の最南端、東シナ海に浮かぶ長崎県
五島列島には、大小140あまりの島々

祈りの島」と呼ばれるように、今も50の教会が
あり、静かに信仰が守られています

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長崎や福岡からフェリーで来るのも旅情感
たっぷりだけど・・・

私は小さな島々を空の上から見てみたかった
ので、長崎空港から小型機に乗り30分ほどで
福江空港に

遠藤周作の「沈黙」片手に・・・
レンタカーを借り、異国のようなニッポン探索
スタートです

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五島市の中心地から、県道162号線に沿って
北へ車を走らせます~

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のどかな田園風景を過ぎると、澄んだ入り江が
見え隠れするようになります

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車をとめて、さらに進んでいくと・・・

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緑のこんもりとした岬の突端に、赤いレンガの
天主堂が現れます

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禁教令の時代に苦難の中で伝えられた信仰

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その苦難の時期を支えたのがマリア様でした

隠れキリシタンの人々は、マリア様を支えに弾圧
に耐えながら信仰を守り続けました

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教会内には、長く厳しい弾圧時代を物語る資料
が展示されていました

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ひっそりと、でも強く心の中で信仰を持ち続ける
そのために信仰の対象となった「マリア観音

日本にキリスト教が伝わったとき、人々には
マリア様が観音菩薩と重なって見えたそうです

五島の人々は、観音菩薩をマリア様として祀り
祈りを捧げました

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フランス窓という床面まである鎧戸の窓が
並んでいます
開け放して外からも説教が聞こえるように
したそうですよ!

長崎 五島列島に伝わったキリスト教を訪ねて
島内を巡って行きまーす

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大分・岩戸寺の修正鬼会♪

今回のいい寺は・・・
不思議な岩戸寺の修正鬼会です♪

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天岩屋を連想させる 岩戸寺の岩屋

天照大神が天岩屋の岩戸を開いたとき・・・

八百万の神が住む高天原は、こんな感じに
見えたのかなー?
なんて想像してしまいます

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岩戸寺では、旧正月の7日の晩に岩屋から
現れた「ご先祖様」がとなって下界に
向かいます

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国東半島1200年も前から伝わる重要無形民族
文化財「修正鬼会」です

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私たちが節分の日「鬼は外~!!」
唱える鬼は平安時代以降の姿だそうです。
写真は名古屋・大須観音の節分会です

閻魔さんは、亡くなった人の名前を「鬼籍簿
という名簿に記帳していくそうです

そこで人が亡くなる事を「鬼籍に入る」と言うそう
ですよ~

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岩戸寺の入口で見つけた滝壺
実は国東半島で一番最初に訪れたお寺が
ここです。
あまりにも神秘的な場所にしばらく見とれて
いたことを覚えています

修正鬼会」の初めに、鬼を迎える役の人たちが、
身を切るような寒さの冬の夜に、なんとこの滝壺に
飛び込んで心身を清めるのだそうです

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岩屋の下に薬師如来を祀る講堂があります
岩屋から現れたは、この講堂へ向かいます~

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ガランとした講堂ですが、修正鬼会の時には
近隣のお寺の住職や信徒が集まって行事が
盛り上がります

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鬼と迎える役の人達が松明を持って踊ります
国東半島の修正鬼会は「鬼を追い払う」のではなく、
鬼籍に入って成仏したご先祖さまに会い、
ご先祖さまと楽しく過ごす
」というものです。

国東半島の人たちは不思議な魅力のある自然
中にご先祖さまを感じ、大切に守ってきたのかも
しれませんね

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講堂での儀式が終わると境内を飛び出して
「鬼はよ~、来世(らいしょ)はよ~」と
叫びながら家々を回ります

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家に入ると仏壇にお参りして、無病息災の祈祷
行います
ごちそうやお酒をおよばれすると次の家へ~

深夜までまわり続けた鬼は、最後に講堂へ戻って
行事が終わります。

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そして、ご先祖さまはあの世に戻り、岩戸
閉じられます

岩戸にご先祖さまの戒名が彫ってありました。
その前にちっちゃな観音様がちょこんと

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初夏に訪れた講堂はひっそりとしていました。
木漏れ日に茅葺き屋根の草が光っていました

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「神仏習合とは、神と仏との出会い。
これは自然の中に神を見る信仰と、
人間の生き方を求める仏の道が
調和されているということ。」
だそうです。

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宇佐八幡神は仁聞菩薩に化身して、
武塔神はスサノオや薬師如来に化身しました。

「化身」は土地に合った姿に変わって融合して
いくことですね。
そして、神仏は人々の信仰によって根付いていき
長い年月の間に風習文化という実をつけるの
でしょう

木曽の馬篭では、幕末から明治維新へと時代が
移り変わる中、島崎藤村の父は王政復古の志を
持って変化を求めました。

神仏習合以前の純粋な神道の国を求め、
全国的な廃仏運動へと進みました

寺院の建物や仏像が破壊されましたが、
各地の風土に根付いた人々の信仰心まで
変えることはできませんでした

そして、王政復古の波は「隠れキリシタン」の
いた長崎地方にも押し寄せました

次は、隠れキリシタンの苦難の歴史が残る
五島列島へ小型機に乗って行ってみまーす

☆SPECIAL THANKS:FORE☆

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大分・国東半島☆岩戸寺

今回のいい寺は・・・
岩戸寺です♪

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仏と神が共存していた国東半島
お寺の入口には鳥居があって
神社の入口を仁王さんが守る!!

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独特な雰囲気があります。

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この国東半島の中で一番のスピリチュアル
スポット 岩戸寺を訪ねてみました

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他のお寺とは何か違うような・・・
一歩一歩進むごとにドキドキしちゃいます

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国東半島独特の「国東塔
国東半島中に何百も!!
み仏の里らしい風景ですね

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緑がかった鳥居をくぐって石段を上っていくと

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岩山のしめ縄が飾られた洞窟・岩屋があります。
中に塔婆がありました。
ここは先祖を祀る場所なのかしら??

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そして岩屋の向こうに日が射す場所が・・・

岩屋というと、古事記の天の岩屋の話が
ありますね
天照大神がスサノオの行いに激怒して天の岩屋に
入って岩戸を閉じてしまい・・・
この世が真っ暗闇になった!という話です。

岩戸寺の岩屋の向こうには何があるのかなー?

昔話で読んだあの世とこの世の入口だったり
して!?
なんて空想してしまうのも神秘的な半島だから
こそなのかもしれません

国東半島に伝わる「修正鬼会」の鬼はこの岩屋から
現れます。

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ここから現れるは、私たちがよく知っている
悪事をする鬼とは違います

岩屋から現れる鬼とは・・・
ご先祖様だそうです

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参道に「蘇民将来 家内安全ノ門」と書かれた木片が
立て掛けてありました。

神話の時代に「将来兄弟」がいました。

そこに、旅をしていた武塔神がやってきて、
泊めてほしいとお願いしたところ、裕福な弟・巨旦将来
は断りました。
対照的に貧しい兄・蘇民将来は粗末ながら武塔神
もてなしたそうです。

後に武塔神は、弟に災いをもたらして弟一族を
滅ぼしてしまいました。

そんな話から、災難に遭わなかった兄に因んで
兄・蘇民将来の名前をつけた厄除けの行事
蘇民祭」が各地で行われるようになったそうです。

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武塔神は弟・巨旦将来一族を滅ぼしたとき、茅の輪を
付けた娘(弟のところに嫁いだ蘇民将来の娘)だけは
助けました。

「私はスサノオなり、後の世に疫病あらば蘇民将来の
子孫といい、腰に茅の輪をつける者は疫を免れる
であろう」と言ったそうです。

その古事から、災難よけの神事として、茅の輪くぐり
各地の神社で行われています

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岩戸寺の修正鬼会が行われる講堂です。
本尊・薬師如来の前にも茅の輪が飾ってありました。

武塔神スサノオと同一神とも、朝鮮の神とも、
薬師如来とも言われています。

岩戸寺の本尊・薬師如来も修正鬼会で武塔神
化身して現れるのかも!?

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古い言い伝えが土地に溶け込んで、独特な風習を
生み出している国東半島。

何百年も前に人々が大切にしていたことが
形は変わったとしても今に伝わっているって
なんだかロマンを感じちゃいます

不思議な岩戸寺のお話は続きます♪
 

カテゴリー: 九州 大分 | 6件のコメント

大分・富貴寺で見た極楽浄土♪

今回のいい寺は・・・
富貴寺で見た極楽浄土です♪

六郷満山28ヶ寺は

学問をするための本山(もとやま)
修行をするための中山(なかやま)
布教をするための末山(すえやま)に分かれて
います。

そして、その下に末寺37ヶ寺があります。

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富貴寺(ふきじ)は本山・高山寺の末寺です。

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参道には六地蔵菩薩の石灯籠や
浄土へ導く十王尊の石塔があります。

愛知県・碧南市にある六角堂と似ているなーと
思いました

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無人売店には、地元の食材が
国東半島には自然の恵みがいっぱいあるの
ですね~~

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おばちゃんのとびっきりの笑顔にも会えました

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緑の深い境内の石段を上っていくと

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素朴な造りながら力強い阿弥陀堂が現れます。
平安時代に建てられた堂内には、本尊・阿弥陀如来
壁画には極楽浄土の世界が描かれていました

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国東半島のお寺はキリシタン大名・大友宗麟
焼き討ちや廃仏運動による破壊と受難の時期が
ありました

幸い富貴寺の阿弥陀堂は難を逃れることができた
そうです

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そして、平泉の中尊寺宇治の平等院に並ぶ
極楽浄土の寺院として伝えられています

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堂内から外を眺めると、国東半島独特の「笠塔婆」
や「石仏」が見えました。
畳に緑が反射してキレイっ

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新緑に囲まれた阿弥陀堂

の風景もきっと素晴らしいでしょうね!!
お堂の周り一面がオレンジ色に染まるそうですよ

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おもしろいものを見つけました

国東半島には修正鬼会と呼ばれる伝統行事が
あるそうです。
み仏の里」と呼ばれる国東半島の風習を
守る中で伝えられてきた行事だそうです。

次は修正鬼会が行われる岩戸寺へ行ってみます♪

※いい寺「大浜の小さなお堂」はコチラ↓
  e-tera.net/Entry/186/

※いい寺「平等院鳳凰堂」はコチラ↓
  e-tera.net/Entry/212/

カテゴリー: 九州 大分 | 12件のコメント

大分・国東半島☆両子寺♪

今回のいい寺は・・・
スピリチュアル半島にある両子寺です♪

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神仏習合のお寺を探して国東半島
訪ねてみました

国東半島の中央にそびえる両子山文殊山

その周りの谷あいの里を六つに分けて六郷

その六郷にある神仏習合のお寺を合わせて
六郷満山といいます。

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両子山から湧き出る小川を渡って両子寺
境内に入っていきます♪

仁聞菩薩」は六郷満山28ヶ寺を開き、
6万9千体の仏像を造ったそうです

両子山のふもとにある両子寺六郷満山
中心となるお寺でした。

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山門に向かう石段の前で、今までまで見たことが
ない、独特な雰囲気の仁王さんが迎えてくれました!

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石段を上り、山門を潜ってもまだまだ参道は
続きます

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お寺の境内とは思えないほど自然が豊かで、
山麓全体が境内になっているようでした

両子山そのままが、山岳修行の根本道場
となっているのですね。

両子山は、全国森林浴の森百選に選ばれて
いるそうです

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講堂には阿弥陀如来が祀られています。

この講堂は廃仏毀釈で焼失してから、百年以上
経った平成3年に再建されました

廃仏運動は国東半島でも吹き荒れ、多くの仏像や
建物が壊されたそうです

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豊富に湧き出る山の水をお地蔵さんに掛けて
お参り

山の水は自然に浄化されて澄んだ流れと
なります

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奥の院へ向かう途中にもおもしろい顔をして
仁王さんが

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苔むした石段の横に、五輪塔が並んでいました。

スピリチュアルスポットの雰囲気が漂っています。

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奥の院への入口には、鳥居があります。
お寺の中に鳥居が・・・?!

昔は普通の光景だったでしょうが、何だか
不思議な感じがします。

奥の院には「両所大権現」が祀られています。
「両所大権現」は男女の双子の神さまです。

両子寺(ふたごじ)という名前の由来となっています。

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両子寺の護摩堂には本尊・不動明王
祀られています。
不動明王は山岳信仰の中心にもなっています

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不動明王の両脇には子供の姿をした仏像が!

「こんがら童子」は合掌をして素直な子供の姿

対照的に「せいたか童子」は武器を手にした
イタズラ小僧の姿をしています

不動明王の怒ったような顔は、外見は厳しくても、
内心では子を慈しむ父愛の姿を表現している
そうです

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境内でお父さんと兄弟が仲良く遊ぶ姿が
ありました

両所大権現の双子の神様も、
不動明王に仕える二童子も、
子供たちの成長を願う親心によって生まれた
神仏のような気がします。

子を思う気持ちに仏教も新神も区別なんて
ないよね!!

※国東半島のお寺「文殊仙寺」はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/258/

カテゴリー: 九州 大分 | 10件のコメント

宇佐八幡宮☆神と仏のいた場所

今回のいい寺は・・・
宇佐八幡宮です♪

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宇佐八幡宮の八幡神は新羅から渡来した帰化人・
秦氏の氏神でした。

「八」は多くの、「幡」は秦氏の人々という意味で
「八幡」は秦氏一族が住んでいたところを表します

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九州地方には玄界灘を渡ってきた多くの渡来人
居住していたそうです

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当時、渡来人によって仏教大陸の文化技術
伝えられました。

正式には欽明天皇の時代に百済から仏教と
経典が伝来したと言われていますが・・・!

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秦氏は鍛冶や鋳造技術に優れていました
東大寺大仏造立には、秦氏の鋳造技術者が
必要不可欠だったそうです

そこで、大阪・河内の秦氏を中心に宇佐地方の
秦氏も動員して、大仏の鋳造にあたりました

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宇佐から国東半島にかけては神仏習合
象徴的な場所です

その元となったのが、宇佐八幡宮でした。

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秦氏も信仰していました

秦氏が建てた宇佐八幡宮にいる宇佐八幡神・・・
正式名称は宇佐八幡大菩薩といいます。

の方から言うときは「八幡大菩薩」、
仏教の方からは「仁聞菩薩」と言います

同じものを呼ぶのに呼び名がそれぞれ違う
のですね~~

※「八幡大菩薩」は江戸時代までの名称で
 今は「八幡大神」だそうです。

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奈良の大仏造営の功績により、宇佐八幡大菩薩
秦氏の氏神から大和朝廷の国家神となりました

そこで、「大和朝廷が古くから重視していた玄界灘の神・
比売大神が宇佐の地に降臨して、そこに秦氏が渡来した
頃の天皇・応神天皇の神霊が八幡大神としてあらわれた。」
として、宇佐八幡神を大和朝廷と繋がりを持つ古来からの
神としたそうです

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宇佐八幡宮の社殿は御許山(おもとさん)を背に、
南側の隼人の方(日向地方)を向いています

御許山は仏教にとっての聖地で、八幡神
仁聞菩薩」として修行した山です。

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「仁聞菩薩」の伝えでは、八幡神が出家して、自ら
菩薩になり、菩薩として仏の世界に入ろうとしました。

そのために御許山から、その延長上にある国東の
山々
に入って修行したといわれています。

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そして、国東・六郷萬山の寺々を「仁聞菩薩」が
開きました。

実際は秦氏が建てたのですが、氏神である
仁聞菩薩が建てたことにしているのでしょうね

スピリチュアルスポットといわれるだけに神様
建てたといわれると不思議な感覚になります

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宇佐八幡神は、隼人(九州南部の民族)の乱
のときには「境界神」として征伐に赴きました

その際に多くの殺生をしてしまいます

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そこで宇佐八幡神から
「隼人等多く殺した報いとして、毎年放生会を修むべし」
との神託が出されました

そのような歴史があったので、宇佐八幡宮では
捕獲した魚や鳥獣を野に放して殺生を戒める
仏教儀式「放生会」を毎年行っています

明治以降は神官が執り行っていますが、
以前は僧侶と一緒に行ったそうです。

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が共存していた宇佐八幡宮ですが、廃仏毀釈
によって大きな変化が訪れます

境内にあった弥勒寺や仏教的な歴史も全て排除
されてしまいました。
神仏習合の姿は何も残っていません

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現在は、氏神や産土神となってみなさんから
信仰されています

次は神が修行したスピリチュアルスポット
国東半島です♪

世界最古の企業「金剛組」のお話~~♪

いい寺☆大阪散策はコチラ↓  
  e-tera.net/Entry/121/

大阪・四天王寺についてはコチラ↓

※いい寺☆大阪《四天王寺》(1)
e-tera.net/Entry/118/

※いい寺☆大阪《四天王寺》(2)
e-tera.net/Entry/119/

※いい寺☆大阪《四天王寺》(3)
e-tera.net/Entry/120/

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