いい寺★東寺(2)それぞれの役割

今回のいい寺は・・・
京都・東寺(2) それぞれの役割です。

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東寺の境内には、竹で囲われた枝垂桜がありました
桜の枝が竹垣で護られながら、型に沿って伸びていますね。
型にはめるより自由に成長させた方が自然で良いのですが、
素晴らしい桜に育てるためには最初が肝心なのでしょう。

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東寺のシンボル 五重塔です。
高さ57m、見事な組み方で造られています。
何百年と経っても朽ちることなく、力強さを感じますね

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その一層目で、四方の隅木を支える邪鬼がいました。
邪鬼は四天王に踏みつけられて、仏教の世界では虐げられて
いますね。
「他人を騙したり、惑わしたりしたら仏の世界に入れませんよ」
と諭しているのでしょう。

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こちらは京都・六角堂にある香炉です。
香炉の足が邪鬼となっています。
大変重そうで、苦しそうです。

「邪鬼や天邪鬼のように和を乱す輩はダメですよ!」
仏具の形の中にも教えがあるのですね。

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南大門から入って目の前の一番大きな建物が金堂です。
正面には上段と下段の屋根の間に中段の屋根があります。

高いところに扉があるので、内部の本尊に日が当たり、
扉を開けると外から本尊の姿が拝めそうですね

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(絵葉書より)
金堂内には本尊《薬師如来》が祀られています。
台座の下には、薬師如来を守る十二神将が四方八方に
睨みをきかせています。
十二神将はそれぞれに武器を持ち、邪鬼を踏んづけています。

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静寂な堂内で暫く見入ってしまいました。
正式名称は《東方瑠璃光薬師如来》です。
日光菩薩、月光菩薩の脇侍菩薩とあわせて《薬師三尊佛》と
いわれています。
そんな説明もいらないぐらい素晴らしい仏様でした。

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金堂の後ろには講堂があります。
金堂より一段低く、屋根も一層の入母屋造りとなっていますが、
堂内に入ると金堂以上に見事な仏像21体が大日如来を中心に
立体曼荼羅》の世界を表しています。

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ここには四方に四天王がみえて、曼荼羅の世界を護っています。
迫力のある仏像の姿に、自然と畏怖の念をいだきますね。
この迫力とバランス、日本の芸術水準の高さを物語っています。

いつの時代でも必ず現れる邪鬼・天邪鬼…私達の心のどこかにも
棲みついているかもしれませんね。
この世で邪鬼や天邪鬼が暴れないように、厳しい姿の仏様も必要
なのでしょう。
私達の心の変化に合わせて優しい姿や厳しい姿の仏様が
いるのでしょうか。

講堂には、それぞれに重要な役割をなす仏様が祀られて
立体曼荼羅を形成しています。

この構想は弘法大師・空海によるもので、大日如来を中心にした
曼荼羅で泰平の世を願ったのでしょう。

そして、曼荼羅の完成を見たのでしょうか?
仏様の開眼法要は、弘法大師・空海没後に行われました。

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いい寺★東寺(1)東寺に入る

今回のいい寺は・・・
京都・東寺(1)東寺に入る です

正式名は教王護国寺です★

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平安京の王城鎮護と国を守る国家鎮護の官寺として
建立されました。
後に弘法大師・空海によって真言密教の根本道場となり、
現在に至っています。

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弘法大師・空海に縁のある寺院では、命日(旧暦3月21日)に
合わせて、毎月21日に法要を行います
境内では参詣者向けに、多くの露天が出て『弘法市』が
開かれます。
東寺の『弘法市』は有名で、特に年末の「しまい弘法」では
多くの人で賑わいます。

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命日に行う『弘法市』の他に、参詣者を労う「お接待」が
あります
四国八十八箇所霊場巡りでは、各地で「お接待」を受けます。

その温かさにふれた巡礼者が、弘法大師を自宅に祀って、
「お接待」を行うようになりました。

この風習は受け継がれて、4月21日には各地で行われます。
「お接待」は見返りを求めない【施しの心】なのでしょう。
私達は弘法大師を信仰しながら、この心を大切にしてきました。

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東寺は、平安京の入口として「西寺」「羅城門」と共に創建されました。
当時は平安京の玄関にふさわしい立派な伽藍だったのでしょう。

東寺建立には、国家と都の鎮護の他に大きな目的がありました。
風水によると、上の図のように山脈の巨大な【】が都に向けて
南下しているそうです。
東寺と西寺と羅城門は、その【気】をせき止めて都の中に満たす
役目があったのです

都を繁栄させるために【気】で満たす事が重要な事だったのでしょう。

京は風水の都ですが、江戸は陽明学に重きをおきました。

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日光東照宮・陽明門です。
遺言で東照大権現・徳川家康はここに祀られました
陽明学によると、ここが江戸城に《運気》を運ぶ最高の場所
だそうです。
徳川家康には戦国時代から江戸時代へと導いた大きな《勝運》が
ありましたね

また、徳川家康は『』の字に拘った武将でもありました。
孫の名前に「お勝」と付けました。
小牧長久手の戦で休息した「かち川」を『勝川』とし、
関が原の戦で本陣にした「岡山」を「御勝山」と改名しました。

徳川秀忠も関が原で遅延した汚名をはらすために、
大阪の役で「岡山古墳」を本陣とし、勝利の後に「御勝山古墳」に
改名しました。

武将にとって《勝運》が1番重要な事なのでしょう。
運も実力のうち・・・といいますよね

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【気】による繁栄や勝負運も必要でしょうが、私達にとっては健康が
第一ですね。

江戸城が皇居となり現在の都心では高層ビルが乱立しています。
乱立する都心では、どうしても空気が汚れてしまいます。

そこで新鮮な海風を入れて空気の循環を良くする為に
グランドトウキョウサウスタワー ノースタワーは東京駅の両側に
2つの建物を離して造られました。

2つのタワーの間を流れる風は、皇居に向かっていきます。

【気】や《運気》も必要ですが、新鮮な空気が1番大切ですね。

東京湾からは、新鮮な空気と一緒に《海の気》が運ばれている
かもしれませんね。

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それでは、門をくぐって東寺の伽藍を見に境内に入っていきます

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いい寺★春の徳川美術館

今回のいい寺は・・・
春の徳川美術館です♪

これから徳川美術館の周りは、行楽客で賑やかになります。
徳源寺で桐の花→徳川美術館で牡丹の花
→西本、新明亭、川本で昼食→芳光でお土産
これが名古屋の定番日帰りコースとなっています。

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徳源寺桐の花です。
色をしています。
「女の子が産まれたら桐を植えて、嫁入りの頃に箪笥の材料に…」
と言われるほど桐の成長は早いのです。
切っても根が残っていれば直ぐに芽が出て大木になります。
生命力が強いですね

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桐の生命力にあやかる意味で紋に採用されたのでしょうか。
桐の紋には、花の房の数の違いで五・三桐、五・七桐の
2種類があります。
醍醐寺の紋には、真ん中が7房で左右が5房の五・七桐です。
実際の桐にはもっと沢山の花が付きますね。

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徳源寺から徳川美術館は徒歩で5分ほどです
周辺の道も整備されています。

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徳川園の門を潜ると、見事に咲いた牡丹が目に飛び込んできます。
園内には色々な種類の牡丹が、春を彩るように咲いていました。

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美術館の他に尾張徳川家の書物を所蔵した蓬左(ほうさ)文庫
があります。
蓬左は、蓬莱の宮(熱田神宮)の左の町の意味で名古屋を
示します。
そこで、名古屋城を蓬左城ともいいます。
和風建築の文庫が牡丹園に合っていますね

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大きな花ですね 牡丹は『花王』と呼ばれています。
単色の花も良いですが、濃淡のある牡丹は華やかです。
牡丹はシャクヤクを台木に接ぎ木して育てます。
植えた翌年は、花芽を落として2年目に期待すると良いそうです。
夏に休眠するので葉を落とし、秋に肥沃な土を加える・・・
育てるのも大変ですね!!

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徳川美術館では『桃山・江戸文化展』が行われています。
太平の世の優雅な生活や、花鳥図が極彩色豊かに描かれた
作品がありました。
桃山時代にもこのような華やかな暮らしがあったのでしょうか。
ここには、徳川家の歴史が凝縮された文化財や寄贈された
貴重品が多数あります。
時間を掛けてゆっくり見学すると良いですね♪

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桃山時代の女性です。
着物の帯がとてもシンプルなことに驚きました。
江戸時代になって帯が太くなり、現在のような帯になり始めた
そうです。
きっかけは歌舞伎の流行により、女性らしさを強調するため、
太い帯で華やかな結び方が生まれたと言われているそうです!


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室町時代に描かれた紅白の牡丹です。
昔から牡丹は、日本画の題材によく使われていますね。
それだけ魅力のある花なのでしょう!

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紫の牡丹です。
紫色には、何か不思議な魅力を感じます。

紫は色の位では最高位だそうです。
ローマ皇帝が紫の礼服を使ったのが始まりで「ユダヤの王」と
言われたイエス・キリストはその死に際して紫の衣をまとわされた
そうです。

※カトリック教会では、四旬祭に司祭が紫の帯をまとい、
 受難の日には、イエス像を紫の布で隠します。

日本でも聖徳太子の定めた冠位十二階では、紫は最上位の
大徳の冠の色とされました。

そして紫といえば紫式部ですね。
徳川美術館には、国宝の源氏物語絵巻が収蔵されていて
特別展の折に見ることができます。

京都のイメージカラーも紫です。
Jリーグの京都サンガは「パープル・サンガ」の名称でした。
サンガにはサンスクリット語の『僧』の意味と『山河』の意味があります。

京都は山に囲まれ、桂川、鴨川が市内を流れ、山河の「気」を
頂いている都だそうです。

次は『気』 風水の都について探ってみます♪

カテゴリー: 名古屋 《文化》 | 5件のコメント

いい寺★「醍醐の花見」こぼれ話

今回のいい寺は・・・
醍醐の花見」こぼれ話です♪

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吉野の花見の三年後に、豊臣秀吉は数人の家来を
引き連れて、ふらっと醍醐寺を訪れました

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その場で、三宝院造営の寄進を申し出たそうです。
三宝院の建物や庭の造営は、すぐに始められました
当時の醍醐寺は、応仁の乱で焼失してしまい、ほとんどの
伽藍が残っていませんでした
その他の伽藍も、豊臣秀の命によって整備されました。

※五重塔は焼失を免れた創建当時の唯一の建物です。

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そして、翌年には有名な「醍醐の花見」を行いました。
発願してから、あっという間に伽藍を建立し、盛大に
花見を催しました

このときには、自身の死期が近づいている事を察して
いたのでしょうか・・・
半年後に豊臣秀吉はこの世を去りました
華やかな花見でしたが、桜ゆえに寂しさを感じるところが
ありますね・・・

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豊臣秀吉が建立した三宝院・弥勒堂の屋根です。
破風板の中央の飾りに菊の紋、両側の飾りに桐の紋
施されています

菊は皇室の紋で、桐は豊臣の紋だと思っていましたが、
本来は両方とも皇室の紋だそうです。
豊臣秀吉は、関白の職に就いてから、公家の身分として
桐の紋を使用しました。
今は、国家の紋として日本政府が使用していますね!

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豊臣秀吉は、伏見城で亡くなりました。
伏見城は、関が原の合戦の折に西軍方に攻められて
焼失してしまいました
徳川家康によって再建されましたが、後に廃城となりました・・・

その後、廃城の跡地が桃畑となった事から、豊臣秀吉の
時代の文化を伏見の地に因んで『桃山文化』というように
なりました

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寺院を巡っていると意外な事を知ったり、思い違いに
気付くこともあります。

醍醐寺についてはまだまだ調べてみたいとおもいます♪

次は「桃山文化展」を行っている名古屋の『徳川美術館』
行ってみます

カテゴリー: 京都 (春) | 4件のコメント

いい寺★吉野『竹林院』

今回のいい寺は・・・
吉野・竹林院です★

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吉水神社から竹林院へと向かう途中で、如意林寺の
多宝塔が見えました
京都・永観堂の紅葉と多宝塔はとても絵になりますが、
桜と多宝塔もまたステキですね

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参道の桜を見ながら境内に入りました
山門越しに眺める桜にしばらく見とれてしまいました。

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ここは金峯山寺の末寺で宿坊にもなっています。
今では、旅館「竹林院・郡芳園」として知られています。

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桜をはじめ、春の花々が咲き乱れていました

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御堂には不動明王、蔵王権現、役行者、弘法大師が
祀られています。

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竹林院で有名なのは、旅館名にもなっている「郡芳園」です。
この庭は池泉回遊式庭園となっていて、「吉野の花見」の折に
豊臣秀吉の命により、千利休が作庭しました。

後に細川幽斎によって改修されたといわれています、
大和三名庭の一つといわれ、吉野の山々を借景にして
造られています
 

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桜の森のようでした。

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庫裏が宿坊の広間になっているようです。
昔の寺子屋が学校となり、幼稚園から大学までと、
宗教関係の学校が全国にありますが、宿坊が発展し
旅館として有名になった寺院は珍しいですね。

旅館・竹林院のホームページを見たところ、とても宿坊
とは思えませんでした。

このように既存の概念にとらわれずに、姿を変えていく
寺院も面白いですね。
そんな寺院も巡ってみたいですね。

101回目から新たな気持ちで『いい寺』を訪ねてみたいと思います。

※京都・永観堂の紅葉はコチラ↓
 e-tera.net/Entry/43/

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いい寺★吉野の歴史『吉水神社』

今回のいい寺は・・・
吉野の歴史『吉水神社』です★

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金峯山寺から吉水神社へ向かう途中、可愛らしい吉野雛を
見つけました♪
和紙で出来た童です。

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吉水神社から見た金峯山寺です
どちらも創建者が役行者ですが、、廃仏毀釈で分かれてしまいました。
今は、金峯山寺は吉野の自然を体感する修験道場として、
そして吉水神社は吉野の歴史の中心となっています。

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最初に歴史の舞台になったのは、源義経の都落ちです。
歌舞伎『義経千本桜』で有名ですね!

義経の活躍が兄・頼朝の妬みとなり、義経を追い詰めていく…
憎悪の醜さが、桜の華やかさとは対照的ですね。

一度狂った歯車は元には戻らないのでしょうか。

『源義経、潜居之間』の床の間に掛かる軸の絵は、
老子と孔子と釈迦が仲良く話し合っている場面です。

義経と頼朝の関係修復を思案しているようにも見えました

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源頼朝が建てた鎌倉幕府は、後醍醐天皇の命により
楠正成、新田義貞、足利尊氏によって倒されてしまいました

そして吉野が歴史の舞台に登場します。
足利尊氏の離反により、朝廷が南朝北朝に分かれます。
後醍醐天皇は吉野に入り、ここを南朝皇居としました。

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今に残る後醍醐天皇の玉座です。
質素な造りの建物の中に南朝という一つの国があったのでしょうか。
その後、南朝は後醍醐天皇の崩御の後に北朝と一つになって
消滅しました。
この玉座は、豊臣秀吉の時代に修復されたものです。

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そしてまた歴史の舞台となったのが豊臣秀吉の『吉野の花見』です。
豊臣秀吉が家来5千人を引き連れて吉野を訪れました
吉水神社が『花見の本陣』となって狩野派の絵師が襖絵や
障壁画に腕を振るい、現在に伝わっています。

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豊臣秀吉は天下統一の願いが叶ったら「吉野で花見を」と
心に誓っていたそうです。
家来の中には、徳川家康、加藤清正、前田利家などの
諸大名がいました。

豊臣秀吉は晩年に『醍醐の花見』を行い、幼子を残して世を
去りました。
時代が変わる前の優雅な一時だったのでしょう。

桜のように華やかに咲き、散っていく…歴史は繰り返しますね。

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金峯山寺は、大きな本尊を秘仏にしていました。
吉水神社は、小さな社に大きな歴史がありました。
吉野の桜の中で歴史と自然の奥深さを感じる事が出来ました

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いい寺★吉野の桜『金峯山寺』

今回のいい寺は・・・
吉野の桜です

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山が春の色に染められていました。
吉水神社一目千本から見た風景です。
吉野の山々の見事な桜ですね。

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この吉野山から大峯山山上ヶ岳にかけての一帯を
金峯山(きんぷせん)と称して古代より《聖域》とされて
いました

役行者(えんのぎょうじゃ)は、ここを修験道の道場として
修行しました。

その後金剛蔵王大権現を感得して権現の姿を桜に
刻んだそうです。

※真言宗では、護摩供で炎の中に不動明王を達観
 しますね

その姿を刻んだ桜を大峯山山上ヶ岳(大峯山寺)と
吉野山(金峯山寺)に御堂を建てて祀りました。

この御堂が吉野山・金峯山寺となり、桜を御神木と
して吉野山に植樹されてきたそうです。

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遠くに御堂が見えました。
緑の樹木に囲まれている中で、桜と御堂が輝いて
見えます

いくら伽藍に装飾を凝らしても自然の輝きには
敵いませんね。

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金峯山寺仁王門です。
粗く積まれた石垣と仁王様の勇ましい姿に修験道
厳しさが伝わってきます
門柱には『金峯山修験本宗』の看板が掲げられて
いました。

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金峯山寺の中心【蔵王堂】です。
ここには秘仏蔵王大権現』が祀られています
秘仏ですが、身の丈7mもあるそうです

蔵王大権現は・・・
釈迦如来(過去)、千手観音(現在)、弥勒菩薩(未来)の
三尊が神に権現(変化)した姿をしています。

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蔵王大権現はタイの守護神に似ていて、色彩も鮮やかです。
何かしらの繋がりがあるかもしれませんね。
そして、蔵王大権現は踊るように躍動感のある姿をしています

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身の丈7mの秘仏・・・
その姿は拝観できません。

きっと
「修験道の中で蔵王権現を感得しなさい。
簡単に姿を見るのでは無く蔵王権現を自然の中で感じなさい。」
という事なのでしょう。

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愛染明王堂です。
愛染明王は、愛欲煩悩が即菩提(仏心)である事を
表している明王です。
私達は、煩悩を自覚すれば解決しようとする心が
生まれます。
これが仏心というのでしょうか。

山中の修験道では、煩悩を持つ暇もないでしょうから
自然に消えていきそうですね

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大日如来が祀られた多宝塔です。
枝垂桜と調和の取れた風景でした。

桜と言えば、豊臣秀吉『吉野の花見』ですね
金峯山寺の近くにある【吉水神社】を本陣として
花見の宴を数日間に亘って行いました。

これが『醍醐の花見』へとつながっていくのでしょう。

次は吉水神社へ行ってみます

カテゴリー: 奈良 (春) | 6件のコメント

いい寺★樹木を育てる

今回のいい寺は・・・
「樹木を育てる」 です。

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醍醐寺・三宝院の枝垂れ桜です
周りが緑の木々なので、花の色が一層映えますね
沢山の拝観者が写真に収めていました

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これだけ太い枝ですから支えが必要ですね。
枝の苔が老木の風格を感じさせます。
これだけ確り支えてあれば台風が来ても大丈夫ですね

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そして、もっと重要なのが根元のデッキのような敷物です。
拝観者が根元を踏んで根が傷まないようにしてあります。
樹木は大地から養分を吸収します。
根は大事な部分ですね!

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養分を吸収できれば、幹の中が多少腐っていても大丈夫
生命力が強いのですね

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江戸時代の枝垂れ桜が有名なお寺です。
数年前までは枝垂れ桜の根元から周りを見渡すと・・・
自分が鳥かごの中にいると錯覚するくらい沢山の花が
咲いたそうです!

有名になってから、多くの参拝者が根元を踏んだので
傷んでしまいました。
わずかの間に寂しい姿になってしまいました。。。

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桃の花が綺麗な果樹園です♪
これが桃色なのですね。
樹木の周りに藁を敷いて、土地を柔らかくして養分を土に
しみ込ませるのでしょうか。
これから夏にかけて大事に育てていくのでしょう♪
そして、美味しい桃が収穫できるのですね

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桜は本来、庭木ではなく山木だそうです
山の中に自然に生えていれば、手が掛からずにすみますね。
緑の雲海の中に見える桜のようです
根元を荒らさずに、遠くから眺めるのが一番良いのかも
しれませんね♪

自然の中に踏み込むことによってダメにしてしまう場合
手を加えることによっていっそう引き立つ場合

私達の人生にも当てはまる事がありますよね!

次は吉野の桜です

カテゴリー: 京都 (春) | 2件のコメント

花まつり★お釈迦様の誕生日

今回のいい寺は・・・
花まつり釈迦様が生まれた日です。

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お釈迦様はお生まれになると、七歩あゆんで天と地とを指し示し
「天上天下、唯我独尊」と言われたと伝えられています。

天に地にも、二つとない、尊い命
生命はこの地球上でただ一度、ただ一つしか生まれてこない。
私達自身がその命の表れなのですね

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お母さんは、命を宿した時にツワリが始まります。
この命は自信の分身では無く、尊い一つの命という事を身体が
自覚するのでしょうか。
そして、産みの苦しさからかけがえの無い命を感じるのでしょう★

ある産婦人科の先生が、
「母は私が産まれた時に、私に向かって自然に手を合わせて
 拝んだそうです 
 私が母の分身ではなく、尊い一つの命と悟って行ったのでしょう。
 その話を聞いて、私はこの道を選びました。」と講演会で話していました。

しかし、本来支えあうべき家族のなかで痛ましい事件が起きています。
当たり前の事ですが、今、命の尊厳を見つめなおしたいものですね。

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イエスを抱くマリア様です。

母の温もりの中で、心を養うのですね。
1(歳)で自己を知り、2で自他を知り、3で心がめばえるそうです。
その成長の支えが母の愛でしょう

お釈迦様は、親を亡くした弟子に、
「心がめばえる三歳まで育てて頂いた感謝の気持ちで
三年間はご供養しなさい。」と教えたそうです。
子供は三歳になるまでは特に手がかかりますよね。

日本では「母の背中の温もり」と言いますね。
抱っこよりも、おんぶの方が大切と考えられたようです。
母の背中の温もりを感じながら、母と同じ視線で物を
見る事で、自然に母の心が伝わるのでしょう

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花梨の花です
小さな花ですが、大きな実がなります。

沢山の花を咲かせますが、その中で残って実が付くのは
わずかです。

それでも無駄な花はありません。
一生懸命咲いているのですからね

人間も花も一緒ですよね

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今日は花まつり
花御堂に祭られた誕生仏に甘茶を注いで、お釈迦様の
誕生日をお祝いします

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誕生したときに甘露の雨が降ったという言い伝えが甘茶を
注ぐ風習となったそうです。
甘茶は山紫陽花の仲間で、飲むと柔らかい甘みがあります。

甘茶で墨を磨って字を書くと上達するそうです。
また家の周りに撒くと虫が寄らないと言われています。

今日は母の愛にも感謝しましょう!!

カテゴリー: お釈迦様について | 4件のコメント

いい寺★醍醐寺の桜

今回のいい寺は・・・
桜が満開の醍醐寺です

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満開の枝垂れ桜ですね
花が日に当たって淡いピンク色になっています。
長く伸びた枝も素晴らしいです。

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樹齢200年の桜の幹です。
幹の太さに圧倒されます。

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この枝垂れ桜は霊宝館の中庭にあります。
大きな枝垂桜が沢山植えられていました。

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日中よりも朝日の方が花の色が鮮やかに見えます
晴天で早朝から散策する人で賑わっていました。
ここで豊臣秀吉が行った花見は、『醍醐の花見』として有名ですね。
毎年4月の第二日曜日に『豊太閤花見行列』が行われます。

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風雨で傾いて幹の中が朽ちても表皮で養分を吸収して枝が
伸びています。
枯れる事なく成長する桜に自然の生命力を感じますね

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醍醐寺の創建当時の建物で唯一残った五重塔です。
木組みが見事ですね
今から千年以上前の建造物です。
このお寺の伽藍や仏様には、何か力強さを感じます。

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金堂の横には護摩堂があります。
護摩堂の前は、柴燈護摩供(さいとうごまく)の野外祈祷場と
なっています。
中央には不動明王が祀られていました。
柴燈とは、柴や薪で護摩壇を組んで火を点じる事に由来するそうです。
そこに護摩木を投じて祈願をします。
大きな炎が立つのでしょうね
その炎の中に不動明王を観相する(感じる)そうです。


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そして、その炎が火の鳥となって羽ばたき願いが天に届く
のでしょうか。
不動明王の光背はよく見ると火の鳥ですね
この火の鳥は、煩悩の三毒を食べるそうです。

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不動明王の腕も金剛力士のように太くて腕力がありそうです
両手には剣と羂索(けんじゃく)を持っています。
私達が道を歩むとき、途中で逃げ出さないようにこの道具を使う
のでしょうか。

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不動明王は石の台座の上にみえます。(他の仏様は蓮の花)
『石の上にも三年 石にかじり付いても』
どんなに辛くて苦しい境遇でも、我慢すれば報われる(願いが叶う)
という事ですね
何事も三年を区切りにして行うと良いのでしょうか。
職人の世界では、特に3年、3年の積み重ねで身につけていくそうです。

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西国三十三観音霊場巡りの方々でしょうか。
引率の和尚さんの頭陀袋にはお寺の名前「不動寺」と書かれて
いました
皆さん一心に手を合わせてお参りしていました

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桜は今が一番の見ごろですね。
そして、4月8日はお釈迦様の生まれた日花まつり』です。
『天上天下、唯我独尊』と言われたそうですが、本来はお釈迦様
だけでなく全ての命が尊いという意味です。

「オギャー」と生まれて1、2、3で心がめばえてきます。
そこで、『三つ子の魂、百まで』と言われていますね。
最初の三年が肝心要という事でしょう。

次はお釈迦様の生まれた日『花まつり』についてです

カテゴリー: 京都 (春) | 4件のコメント